10月15日の判決。特別養護老人ホームが不正選挙の舞台

福岡高等裁判所平成25年10月15日判決

北九州市議会議員一般選挙の不在者投票の不在者投票管理者を務めた被告人が,自己の身内である特定候補者を当選させる目的で,共謀の上,選挙人3名につき,不在者投票を行った事実などないのにこれを行ったものとして,投票用紙に勝手に特定候補者の氏名を記載した上,投票箱へ投入させ,投票を偽造したという公職選挙法違反の事案。裁判所は,公職選挙法が,選挙犯罪により処罰された者に対しては少なくとも5年間公民権を停止することを原則としている制度の趣旨に鑑みると,原判決は,軽きに過ぎるとし,被告人を懲役1年2月に処し,執行猶予期間を5年間(原判決は2年間)とした。

考察

特別養護老人ホームでも不在者投票が行われますが、成年被後見人には選挙権が認められていなかったところ、一人の成年被後見人の頑張りにより、成年被後見人にも選挙権が認められるようになりました。

ご承知のように、特別養護老人ホームには要介護5のの方達が多く、中には成年後見が開始される人もおります。

今回の犯行は成年被後見人の方が多く入所していると思われる特別養護老人ホームを舞台に行われた不正選挙であり、せっかく選挙権を勝ち取ったことに水を差すような出来事なので、選挙を楽しみにしていた成年被後見人の方々にはショックが大きいのではないでしょうか。

裁判所の判断

特別養護老人ホームの施設長であり,同施設で実施された北九州市議会議員一般選挙の不在者投票の不在者投票管理者を務めた被告人が,自己の身内である特定候補者を当選させる目的で,施設職員らと共謀の上,認知症等のために投票に関する意思表示ができない入所者である本件選挙人3名につき,不在者投票を行った事実などないのにこれを行ったものとして,投票用紙に勝手に上記特定候補者の氏名を記載した上,これを選挙管理委員会に送致し,投票管理者をして,これを投票箱へ投入させて正規の投票中に混入させ,もって投票を偽造したという公職選挙法違反の事案である。

不在者投票制度及び代理投票制度は,民主主義の根幹を基礎付ける選挙権の重要性に鑑み,その行使を十分に保障するために認められた例外的制度であるところ,被告人は,この制度の適正な実施のために設けられた不在者投票管理者の地位にありながら,その地位を悪用して,投票偽造の行為に及んだものである。

そして,投票偽造は,利益を供与して票を買う買収と並んで,選挙の公正を直接侵害する悪質な行為であり,本件のように,選挙事務関係者が行ったときにはさらに刑が加重されて,5年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金という重い刑が定められている。

本件の犯情について検討する。

被告人が本件犯行に及んだ動機については,特定候補者と被告人の間には,特定候補者が特別養護老人ホームの施設長,被告人がその副施設長であった頃から,確執があったところ,特定候補者が本件選挙に落選した場合には,特定候補者が施設長に復帰し,被告人は再び特定候補者の下で副施設長として働く可能性があったことから,そのような事態になることを避けるために,特定候補者を当選させようとしたというものである。

このような私的で身勝手な犯行動機に酌量の余地は全くない。

また,被告人は,犯行計画を全て自分で立案し,犯行の発覚を防ぐために,部下職員の中から自分の意のままに動く人物を選び出した上,同人らと入念に打ち合わせをし,それぞれが役割を分担して犯行に及んでいる。すなわち,被告人は,首謀者として犯行を主導するとともに,部下職員を犯行に引き込んだ。

そして,犯行の結果,投票偽造された投票用紙が正規の投票箱に混入され,現実に選挙の公正が侵害された。

しかも,本件発覚後,当該特別養護老人ホームは,不在者投票施設の指定を取り消されたため,入所者は,今後,施設外の投票所へ出向いて投票するしかなく,選挙権を行使するために大きな負担を負うこととなった。

以上の諸点に鑑みると,犯情は悪質であって,被告人の刑事責任は,選挙の公正を確保する観点から到底これを軽視することはできない。

ところで,公職選挙法所定のいわゆる公民権停止の制度は,選挙の公正保持が民主主義の根幹であることから,選挙の公正を害する選挙犯罪により処罰された者を選挙の不適格者として一定期間公職の選挙に関与させず,これから排除し,もって,選挙の公正を確保するとともに,本人の反省を促し,併せて他戒の効果を挙げることを目的として設けられたものであって,公職選挙法252条により明らかなように,選挙犯罪により処罰された者に対しては少なくとも5年間公民権を停止することを原則とし,例外的に裁判所が情状によりその不停止又は停止期間の短縮を宣告できる裁量権を認められているに過ぎないと解すべきところ,その一方で,選挙事犯について刑の執行猶予が言い渡された場合には,猶予期間の経過により刑の言渡しがその効力を失い,判決によって当然停止された公民権も猶予期間の経過とともに回復される結果となるのであるから,選挙事犯において刑の執行猶予期間を裁定するに当たっては,他の一切の犯情を考慮すると同時に,特に公民権停止の要否をしんしゃくした上,適正な期間を量刑しなければならないものと解するのが相当である(東京高等裁判所昭和51年11月15日判決)。

この点,弁護人は,公民権停止期間のことを考慮して執行猶予期間を本来の善行保持期間よりも長く定めることは,執行猶予の目的に照らして不当であると主張するが,前記のように原則として公民権停止期間は執行猶予期間に一致するように定められている現行法のもとにおいては,上記のように裁定することはやむを得ないところであるから,弁護人の主張は採用できない。

そこで,これを本件についてみると,本件は,買収と同じように選挙の公正を直接侵害する投票偽造の事犯であり,しかも,その犯情が悪質であることは前述したとおりであって,これらの点を考慮した上で,当審における事実取調べの結果認められるこの種事犯に対する一般的な量刑傾向との権衡を考えると,被告人には,前科前歴がないこと,その他被告人の反省の程度,再犯可能性の乏しさ,妻による監督等被告人のために酌むべき全ての情状を十分しんしゃくしてみても,原判決が本件につき,被告人を懲役1年2月に処し,2年間の執行猶予を付したのは,前記公民権停止制度の趣旨に鑑みると,その執行猶予期間を2年間の短期間とした点において,軽きに過ぎることは所論のとおりであるから,論旨は理由がある。

よって,刑訴法397条1項,381条により原判決を破棄し,同法400条ただし書を適用して,更に次のとおり判決する。

原判決が認定した罪となるべき事実に,原判決挙示の法令(刑種の選択を含む)を適用し,その所定刑期の範囲内で,被告人を懲役1年2月に処し,情状により刑法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予することとして,主文のとおり判決する。