8月18日の判決 保険契約の失効条項が消費者契約法10条により無効とされた事例

東京地方裁判所平成23年8月18日判決

事案の概要

亡Aと被告保険会社との間で生命保険契約(被保険者をA,受取人を被保険者の法定相続人とする内容,以下,本件保険契約)により,Aの相続人である配偶者Bが保険金受取請求権を取得し,これをBから譲り受けた原告が,被告保険会社に対し,保険金等の支払を求めた事案。

判決の要旨

裁判所は,消費者契約である本件保険契約における,本件失効条項は,保険料の履行の催告及び契約の解除の意思表示を不要とするものであり,そこには特段の事情も認められないことから,信義則に反して消費者であるAの利益を一方的に害するものとし,消費者契約法10条により無効になると認定して,原告の請求を認容した事例

当事者の主張

本件保険契約には,責任開始期から2年以内の自殺は免責される旨及び保険契約が失効の後,復活した場合の責任開始期は,被告が延滞保険料を受け取った日とする旨の特約があるところ,本件保険契約は,平成19年7月分の保険料にかかる猶予期間の末日である同年8月31日の経過により本件失効条項に基づいて失効し,その後,亡Aの復活の申込みと被告の承諾に基づき,亡Aが同年10月31日に延滞保険料を払い込んだことにより復活しており,亡Aは同日から2年以内の同21年7月22日に自殺したのであるから,被告は免責される旨主張しており,原告は,そもそも本件失効条項は,消費者契約法10条により無効であるから,本件失効条項により本件保険契約が失効したことを前提とする被告の主張は成り立たない旨主張している。

裁判所の判断

消費者契約法10条は,消費者契約の条項が,民法等の法律の公の秩序に関しない規定,すなわち任意規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重することを要件としている。

本件失効条項は,保険契約者である亡Aが第2回以後の保険料を猶予期間満了日までに支払わなかった場合に,保険者である被告が亡Aに対して履行の催告をすることなく,また解除の意思表示をすることなく,猶予期間満了日の経過により,当然に本件保険契約が効力を失うとするものである。

一方,民法540条1項及び541条は,契約当事者の一方がその債務を履行しない場合において,相手方が相当の期間を定めてその履行を催告し,その期間内に履行がないときは,相手方は,契約の解除をすることができること,当事者の一方が解除権を有するときは,その解除は,相手方に対する意思表示によってすることを定めている。

したがって,本件失効条項は,被告の亡Aに対する相当期間を定めた履行の催告を不要とする点及び被告の亡Aに対する解除の意思表示を不要とする点で,任意規定の適用による場合に比し,消費者である亡Aの権利を制限するものというべきである。

次に,消費者契約法10条は,消費者契約の条項が民法1条2項に規定する基本原則,すなわち信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであることを要件としている。

多くの保険契約者を獲得して各保険契約者の有する危険を分散するという保険の性質上,保険会社は大量の保険契約者を有するところ,その中に保険料の履行を遅滞する者も相当数おり,これに対する履行の催告の通知や解除の意思表示を行うコストが大きくなることも認められるのであるから,保険会社が,保険契約者との間で締結する保険契約において,履行の催告の通知や解除の意思表示を不要とする本件失効条項のような特約を設けることも,一般的には債務者は自らの債務不履行を認識しているものであるし,催告や解除の意思表示を不要とすることによりコストを削減することで保険料を低く抑えることもありうることにも照らすと,一律に不合理なものとはいえない。

しかしながら,保険料の支払が口座振替により行われている場合,保険料の支払につき当該口座の残金を確保する以上に保険契約者の積極的な行為を要しない以上,保険契約者は自らが履行遅滞に陥っていることを認識していないことがあり得,履行の催告が不要とされると,保険契約者は保険契約を解除されうる地位に陥りながら,そのことを認識しない状態に陥りうるのであり,すなわち,保険契約者は,保険保護を受けるという保険契約において保険契約者が有する本質的な利益を喪失しうる状態に陥りながら,そのことを認識しないままに,また認識しないがために,保険契約を継続して保険保護を受け続ける利益を失いかねないこととなる。

そして,保険契約が継続していれば,危険が増加しても告知さえすれば保険保護を受けられるのに対して,保険契約が失効してしまうと,特に危険が増加している場合は,復活につき保険者の承諾が得られずに保険保護を受けられなくなる危険があることや,別途保険契約を締結しようにも,同一条件によって締結することが一般的には困難であることからも明らかなとおり,保険契約者が保険契約の継続に対して有する利益は極めて重要である。

民法が,履行遅滞による解除権の発生に相当期間を定めた履行の催告を要求する趣旨は,契約が解除されるという不利益を受ける前に,債務者に履行の機会を付与する点にあるところ,履行遅滞にあることを認識している者が履行の催告を受けて翻意して履行する機会が与えられる利益もさることながら,上記のとおり,保険料の支払が口座振替により行われて保険契約者が履行遅滞に陥っていることを認識していないことがありうる場合,履行の催告を受けて履行遅滞に陥っていることを認識して,履行の機会を与えられるという利益は,保険契約の解除を阻止する点で,上記の保険契約の継続という利益に直結する極めて重要な利益であると解される。

また,解除の意思表示も不要とされると,保険契約者は自らが履行遅滞にあることを認識しないうちに保険契約が失効して保険保護がない状態に陥りながら,そのことを認識しない状態に陥りうる。

とすれば,解除の意思表示を受けて,保険契約が解除されたことを確定的に認識しうる利益も,認識したのであれば,復活を申し込んだり,別途保険契約を締結して保険保護を受ける状態を確保することができるのであるから,保険保護を受けることに関心を有する保険契約者にとって極めて重要な利益であると解される。

他方,保険会社の利益は,履行の催告の通知や解除の意思表示の通知コストの軽減という付随的な利益にとどまる。

そうすると,消費者契約である生命保険契約に付された履行の催告及び解除の意思表示を不要とする特約は,通知コストの軽減という付随的な利益のために保険保護の継続という保険契約における本質的な利益を制限するものであり,保険料の支払が口座振替によりなされる旨合意されている場合には,保険契約者が履行遅滞にあることや保険契約が失効したことを確定的に認識しうる措置等保険保護された状態を維持しうるような措置がとられているなどの特段の事情のない限り,信義則に反して消費者である保険契約者の利益を一方的に害するものとして,消費者契約法10条により無効となると解するのが相当である。

これを本件についてみると,前提事実のとおり,本件保険契約には,保険料の払込方法を口座振替とする合意があり,本件失効条項は,保険料の履行の催告及び解除の意思表示を不要とするものであるため,上記特段の事情がない限り,本件失効条項は消費者契約法10条により無効となる。

そこで,前記特段の事情の有無を検討する。

前提事実のとおり,本件保険契約には,履行期後に1か月の猶予期間があるが,猶予期間が長期であることは,履行のためにかけられる期間が長期になるにすぎず,履行遅滞の事実を認識しうる措置とはならない。また,保険契約者は猶予期間中,催告解除されない利益を与えられているが,一定期間解除されない利益を与えられても,履行遅滞の事実を認識しうる措置とはならない。

前提事実のとおり,本件保険契約には,自動振替貸付制度の定めがあるが,解約返戻金がない限り自動振替貸付制度により保険料が支払われることとはならないのであり,また解約返戻金があっても,自動的に貸付と保険料の支払がなされるにすぎず,保険契約者はその事実を認識することなく解約返戻金を使い切って履行遅滞に陥り猶予期間を徒過することがありうる以上,これを保険保護された状態を維持する措置として重視することはできない。

前提事実のとおり,本件保険契約には本件復活条項があるが,いわゆる逆選択を回避する必要上,保険者に復活の申込につき承諾する義務があると解することはできず,履行遅滞の事実を認識することなく猶予期間を徒過した保険契約者が復活を望んでも保険者が承諾しない場合がある以上,これを保険保護された状態を維持する措置として重視することはできない。

したがって,猶予期間の定め,自動振替貸付制度の定め,本件復活条項は前記特段の事情を肯定する事情として足りず,本件全証拠を検討しても,他に前記特段の事項を根拠付ける事情は認められない。

被告は,保険契約者に任意解除権が認められて保険料の支払の履行の確保ができない中,モラル・ハザードを防止する必要から,本件失効条項には正当な理由がある旨主張するが,契約関係からの離脱に履行の催告を要求しても,保険者は保険料の支払のないまま危険を負担する状態から離脱することはできるのであるから,これを本件失効条項を有効と解する事情として斟酌することはできない。

被告は,被告において履行の催告の実質を有する被告督促通知書を送付する社内体制となっていることを重視すべきである旨主張するが,履行の催告が到達しているかどうかが明らかではない場合に,一般的に履行の催告を発信していることが履行の催告を不要とする根拠となるとは考えがたく,これを本件失効条項の有効性を支える保険者に有利な事情として斟酌することはできない。

被告は,本件失効条項について亡Aに対して十分に説明していることを考慮すべきである旨主張するが,条項の内容が十分に説明されていない場合にそれが当該条項を無効と解する事情として斟酌されることはともかくとして,不当な条項の内容が十分に説明されているからといって,それが当該条項を有効と解する事情として斟酌されるものではない。

被告は,簡保法上の失効規定が無効とならないにもかかわらず,本件失効条項が無効と解されるのは法秩序としてバランスを欠く旨主張するが,前記のとおり本件失効条項が信義則に反して消費者である亡Aの利益を一方的に害するものである以上,本件失効条項と同趣旨の法律の規定があるからといって,本件失効条項が有効となるものでないことは明らかである。