8月16日の判決 パワハラ訴訟

 

福島地方裁判所郡山支部平成25年8月16日判決

 

事案の概要

被告社会福祉法人Y1の経営する保育園に勤務していた原告らが,同保育園の事務長等であった被告Y2が原告らに対し勤務中にパワーハラスメント等を行っていたなどと主張して,被告らに対し,被告Y2については民法709条に基づき,被告法人については同法715条,719条及び415条に基づき,連帯して損害賠償金の支払を求めた事案。

 

前提事実

 

(1)開業準備段階からのY2の言動

 

ア 保育園の開園前から被告法人に採用されていたA,原告X1及び原告X2らなどの保育士たちは,平成21年3月中旬頃以降,事務長である被告Y2の下で,約半月後に迫った同年4月1日の開園に向けた準備作業に取り組んでいたが,被告Y2は,準備作業が重なって仕事が遅くなったり,保育用品等の備品購入のために費用が掛かったりするような話が出ると,しばしば不機嫌となり,Aをはじめとする保育士たちに対し,「バカヤロー。」,「ふざん(ママ)けんじゃねえ。」,「死んじまえ。」などといった発言をするようになった。

 

イ 平成21年4月1日の開園と同時に主任保育士を命じられたAは,同日以後,ほぼ毎日のように被告Y2が執務をしていた2階事務室に呼び出されるようになり,このとき被告Y2は,Aに対して,上記アのような罵声を浴びせたり,他の職員や保護者の批判を言ったりし,あるいは,長いときには1時間以上にもわたり,Aを立たせたまま話をしたりすることもあり,原告X1ら保育士たちは,2階事務室から1階職員室に泣きながら下りてくるAの姿を何度も目撃していた。

また,被告Y2は,Aに対し,園児のいるところで,「死んじまえ。」,「辞めちまえ。」などと怒鳴ったこともあった。

 

ウ 平成21年5月頃,園内の遊戯室に柵を設置した際,Aや原告X1らの保育士は,その柵の高さや重さが園児にとって危険であると感じたため,被告Y2に対し,柵が危険である旨の意見を述べたところ,被告Y2は,「だったら死んじまえ。」などと発言したり,あるいはまた,被告Y2は,午睡をしなかった園児がいることを聞いた際,「睡眠薬でも飲ませろ。」などと発言したりしていた。

 

(2)被告Y2の職員らに対する暴言等

 

ア 被告Y2は,就業中しばしば,Aや原告X1ら職員に対し,「バカヤロー。」,「死んじまえ。」,「レディース。」とか,「辞めちまえ。」,「代わりはいくらでもいる。」などと怒鳴ることがあった。

また,被告Y2は,その就業時間の内外にかかわらず,Aや原告X1ら職員に対し,1階職員室や2階会議室において,1,2時間以上にわたり,職員を立たせたまま説教するなどしていた。

 

イ 原告ら職員が被告Y2に対し,保育に関する事柄や職務環境に関する事柄について意見を出すと,被告Y2は,意見を言った本人ではなく主任保育士であったAを2階事務室に呼び出し,上記(1)イのように,Aに対して,罵声を浴びせたり,職員の批判を言ったりすることが多かった。このため,原告ら職員は,Aの上記のような状況を考え,被告Y2に対し,保育に関する事柄や職務環境に関する事柄について意見を出すことに躊躇するようになっていった。

 

(3) 理事長,市に対する相談等について

 

ア Aは,平成21年6月頃,当時の被告法人の理事長Bに対し,被告Y2の職員に対する言動について相談をしたことがあったが,B理事長が被告Y2に注意をした様子はなかった。

イ A及び原告X1らは,平成21年6月5日,市の社会福祉課に赴き,その担当者に対して,保育園に関して,①被告Y2の暴言があること,例えば,職員が安全管理について被告Y2に相談したところ,「子どもが逃げられなければ死んだらいいんだ。」と発言したこと,職員が被告Y2に保育内容の改善の相談をした際,「いつでも全員を辞めさせることができるんだぞ。」と発言したこと,子育て中の職員に対して「お前は子育てのモデルになる,おれのモルモットだ。」と発言したこと,急に一時預かりが必要となった父子家庭の親子が保育園を利用することを拒否し,「そんなやつはどっか行ってしまえ。」と発言したこと,②その他にも被告Y2による暴言があり,Aや他の職員が体調を崩していること,③園長の不在が常態化しているので,相談先がないことなどを話した。

これに対し,市の担当者は,Aらに対し,保育園側と十分に話合いを行うこと,県に相談内容を伝え,必要に応じて指導をするよう依頼することを話した。その後,市の担当者は,福島県子育て支援課の担当者に対し,上記のようなAらからの聞き取り内容を伝えた。

 

ウ 後日,Aは,B理事長,被告Y2(事務長)及びC園長。から呼び出され,C園長から「あなたでしょう。市に内部告発したのは。」などと問い詰められ,また,被告Y2からも「何でも知ってるんだ,お前だろ。」などと怒鳴られた。

 

エ その後,下記①から⑤までの保育士は,市に相談に行ったことを理由として,平成21年7月1日付けで,月額給与は次の金額とし,雇用期間は同年7月1日から平成22年3月31日までの嘱託保育士とする辞令を渡された。

① A      月額給与18万1500円

② 原告X1 月額給与15万9000円

③ 原告X4 月額給与13万4500円

④ 原告X3 月額給与14万6500円

⑤ 原告X2 月額給与13万2000円

 

(4) 担任替えとA及び原告X4に対するけん責処分について

 

ア 平成21年9月,保育園において保育士の担任替えが行われた。Aら職員たちは,他の保育園では年度の途中で担任替えをするということは聞いたことがなく,被告Y2に対して,担任替えについて反対する旨の意見を伝えたものの,被告Y2は聞き入れなかった。

そこでAは,B理事長に相談をしようと考え,何度かB理事長に対して「話の場を設けて欲しい。」と要望をしたが応じてもらえなかった。

そのような中でA及び原告X4は,B理事長が帰る頃を見計らい,保育園の出口付近で,B理事長に話合いの機会を設けてもらおうとして話し掛けたものの,B理事長はこれに応じなかった。

 

イ 被告法人は,平成21年10月3日,A及び原告X4に対し,理事長に対して上記アのような行為に及んだことに関して,けん責処分通知を発し,けん責処分をした。

なお,けん責処分通知には,「今般,保育現場において不見識な行動は,保育現場としては不適当な行為でした。よって,当社就業規則の第43条第1項4の規定により処分します。早急に始末書の提出を求めます。」と記載されている。

そこでA及び原告X4は,被告法人に対し,平成21年10月5日付けで「今回私の不注意でけん責処分を受けましたが今後この様な事のない様自分自身で十分に良く注意し職務に励む事を約束します。」と記載した始末書を提出した。

 

(5) Aに対する1回目の解雇通知等について

 

ア 平成21年12月5日,Aは,B理事長及び被告Y2から2階事務室に呼び出された。

このとき,被告Y2は,Aに対し,「市に内部告発したのはお前だろう。」,「解雇だ。」などと大声で言い,同日付け懲戒解雇通知を手渡した。

同通知には,「今般,保育業務において職務における上司の指示の無視,遵守事項義務違反等は保育業務上園内の不和の要因となっております。よって,当社就業規則の第12条の規定により懲戒解雇します。」と記載されていた。

その後,Aが解雇通知を渡されたことを保育士らに話をしたところ,保育士らが被告法人の理事DとEに連絡をとり,同理事らがB理事長及び被告Y2と話合いをし,Aの解雇は保留になった。

 

イ 後日,被告法人の理事D及びEは,理事を辞職した。

 

(6) 保護者会の開催と市の指導等について

 

ア 園児の保護者らは,保育園において,保育士が次々と辞めていくことや被告Y2が保育士等の職員に対してパワーハラスメントをしているなどの問題が起きているとして,一度集まって話合いをしようと呼びかけ,保護者会長Fが中心となって臨時の保護者会が計画された。

なお,Aその他の保育士たちが保護者に対し,保護者会を開催するように要請したことはなかった。

 

イ 平成21年12月19日,保育園において,臨時保護者会が開催された。この保護者会には保育園側としてB理事長,被告Y2,保育士及び看護師の職員が出席していた。

この保護者会の中で,保護者から,職員が辞めて行く理由についての質問がされ,これに対して被告Y2は,「個人が辞表を出してやめたことであり,個人情報にかかわることで話すことができない。」と回答したほか,主任保育士を替えたことを話した。

このように保護者会が開催されたが,保護者らは,被告法人に対し,納得のいく回答がされたとはいえないと考え,不信感を持っていた。

 

ウ 平成21年12月21日,保護者会長は,市に対し,上記イの臨時保護者会の議事録を提出し,保育園への指導強化を要望するとともに,同保育園の保育士の保育は信頼できるものの,被告法人に対しては様々な不信感がある旨の話をした。

 

エ 平成21年12月25日,市社会福祉課の担当者が県子育て支援課の担当者に対し,上記ウの聞き取り内容を伝え,必要に応じて県から指導することを協議した。

 

オ 平成22年1月14日,原告X1は,市社会福祉課の担当者に対し,被告Y2の暴言等に改善が見られないこと,園長の人選や運営改善について県や市の指導を強化して欲しいこと,園の現状,被告Y2の暴言等を電話等で相談したいが,外線が盗聴されているように感じ,外部に相談できないでいることなどの話をした。

市社会福祉課の担当者は,同日,被告法人に連絡し,被告Y2と話をした。

この話の中で,同担当者は,園長の不在が長期間続くことは他園で例がなく,園長は職員間のあつれきを調整する役割を担っているので,園長不在を解消すること,入所児童の処遇向上のため,保育材料の充実に努めること,副園長である被告Y2に業務が集中し過ぎており,業務の効率化と決定権の集中を回避するため,園長・事務長の雇用等運営方法の改善に努めること,職員間のコミュニケーションを図り,職員の雇用の定着化に努めること,保護者会の要望について早急に改善に努めることを指導した。

 

カ 平成22年2月21日,保護者会長は,市社会福祉課の担当者に対し,園長には市又は県で推薦した人を選ぶこと,保育所運営の参入者についての審査基準を設けることを要望した。

これに対し,市の担当者は,保育園からの依頼があれば検討すること,審査基準は定まっており,県が認可していることを回答した。

 

(7) 保育士等によるストライキ計画等について

 

ア A,原告X1,原告X5,原告X2,原告X6,原告X12,原告X3及び原告X4は,平成22年2月22日,被告法人が保育園から撤退すること,B理事長及び被告Y2の辞任を求めて,ストライキを行うことを計画し,同月10日付け「お知らせとお詫び」と題する書面(甲6)により保護者に対し,その旨を通知した。

この書面には,A及び上記原告らが平成21年4月から改善を求めてきた内容又は受けてきた被害として,「園児や保護者に対する暴言」,「子どもたちの過ごしやすい生活時間のリズムが認められず,不当な理由で保育に支障をきたすような指示がある」,「職員に対して開園当初からのパワーハラスメント(長期に渡り,精神的に追い込まれ退職にいたった職員もおり,今現在も続いている)」などといったことが挙げられていた。

 

イ また,A及び上記原告らは,平成22年2月頃,「開園当初からのパワーハラスメント及び現状」と題する書面を作成した。

この書面には,「超過勤務分の偽装」,「職権を使用した嫌がらせ」,「個室に長時間の呼び出し(保育中・勤務時間外)」,「市に相談したことが漏れ,内部告発とみなされ圧力がかかる」,「納得のいかない不当な処分(解雇)」,「『上部との直接の会話や関わりは処分とする』と警告うける」,「開園以来続く職員に対する脅迫・暴言」などといったことが記載されていた。

 

(8) ストライキ計画の中止とその後の状況について

 

ア 上記(7)のストライキは,市の職員からその中止を求められ,ストライキを中止すれば市と保育園とで協議をするという提案があったため,中止となった。

そして,市と保育園とで協議を行い,市が被告Y2に対して暴言等をやめるように指導し,被告Y2が保育園から離れる旨の話がされたが,実現はしなかった。

 

イ 平成22年5月頃,園内に防犯カメラが5台程度取り付けられた。

 

ウ 平成22年頃から,毎朝,被告Y2,A,原告X8,原告X104人が集まって,打合せを行い,打合せ記録簿を作成するようになったが,その打合せの際に,被告Y2以外の参加者の意見が通ることはなく,打合せ記録簿には,被告Y2が意見のみが記載され,他の参加者の意見が記載されないことがほとんどであった。

 

(9) その後の原告らの雇用関係について

 

ア 原告らは,それぞれ別紙2原告ら一覧表記載のとおり,被告法人に対し,同別紙2の「退職日」欄記載の各日付け退職届を提出し,同欄記載の各日に退職する旨を届け出て,同各日に退職した。

 

イ 被告Y2は,平成22年12月28日付けで,原告X1に対し,雇用期間が平成23年1月29日で満了すること及び雇用を継続しないことを通知した。

これを知った園児の保護者らは,被告Y2に対し,原告X1の雇止めを撤回するように求めたものの,被告Y2はそれに応じなかった。

 

ウ 被告Y2は,平成23年2月25日付けで,原告X5に対し,雇用期間が同年3月26日で満了すること及び雇用契約を継続しないことを通知した。

 

エ 被告法人は,平成23年3月24日,Aに対し,懲戒解雇処分をした。

 

オ 保育園においては,平成21年4月の開園当初から平成23年3月までの間に約20名程度の保育士及び看護師が退職した。

 

 

裁判所の判断

 

不法行為責任

 

被告Y2は,原告X1に対する本件暴言等に及んだことが認められ,その暴言等は,原告X1の人格を否定するような内容にまで及んでいるものもあり,かつ,それが頻繁かつ継続的に行われていたこと等を踏まえると,客観的に社会通念上許容される限度を超え,原告X1に対して不当な心理的負荷を蓄積させるような行為であったものと認められる。

また,保育所である本件の保育園において被告Y2が原告X1に対する本件暴言等に及んだことにつき,被告Y2と保育士や看護師との間で何らかの意見の相違があったにしても,その発言内容からすると,正当な目的や合理的な理由は全く認められないのであって,正当な職務行為を逸脱したものというべきである。

したがって,被告Y2の原告X1に対する本件暴言等は,不法行為を構成するものと認められる。

そして,原告X1に対する本件暴言等に係る被告Y2の不法行為は,いずれも被告Y2が被告法人の経営する保育園の事務長等として職務の執行中において行ったものであって,被告法人の被用者である被告Y2が「その事業の執行について」(民法715条1項)行ったものと認められる。

そうすると,被告法人は,原告X1に対する本件暴言等に係る被告Y2の不法行為につき,原告X1に対して使用者責任(民法715条1項)を負い,被告らは,これにより原告X1に生じた損害を連帯して賠償する責任がある。

 

職場環境配慮義務違反

 

使用者は,被用者に対し,労働契約法5条に基づき又は労働契約上の付随義務として信義則上,被用者にとって働きやすい職場環境を保つように配慮すべき義務(職場環境配慮義務)を負っており,本件のようなパワーハラスメント行為等が見られる事例においては,パワーハラスメント行為等を未然に防止するための相談態勢を整備したり,パワーハラスメント行為等が発生した場合には迅速に事後対応をしたりするなど,当該使用者の実情に応じて対応すべき義務があるというべきであって,少なくとも違法なパワーハラスメント行為等が認められるような状況がありながらこれを放置するなど,適切な対応を講じないなどといった状況等が認められる場合には,上記の職場環境配慮義務違反となるものというべきである。

そして,上記のような使用者の職場環境配慮義務違反により被用者がパワーハラスメント行為等の被害を受けた場合には,その職場環境配慮義務違反は違法性を帯びることとなり,使用者は,違法なパワーハラスメント行為等を行った者(不法行為者)とともに,その被害を受けた被用者に対して共同不法行為責任(民法709条,719条1項)を負うものと解するのが相当である。

本件においては,前記事実関係等のとおり,①保育園の開園前後を通じて,被告Y2による原告ら職員に対する暴言等が頻繁かつ継続的に行われており,②Aが平成21年6月頃に被告法人のB理事長に対して被告Y2の職員に対する暴言等について相談をしたものの,同理事長がこれに関して調査等をしたものと窺われず,③また,その後においても,A及び原告X1らの職員や保護者が,被告Y2の暴言等について,市や県に対して度々相談をするなどし,市や県が被告らに対して指導等をするなどしたにもかかわらず,被告法人は,この点に関してさしたる調査や対応等をすることもなかったばかりか,被告Y2の暴言等について市に相談したことなどを理由としてAや原告X1らに対して不当な雇用契約関係上の処分等に及んでいたというのであるから,被告法人は,その経営する保育所において,被告Y2の違法な暴言等について適切な対応を講じたものとは到底認められず,上記の職場環境配慮義務を十分に尽くしていなかったというべきである。

そして,原告X1は,上記のような被告法人の職場環境配慮義務違反によって,上記(1)の被告Y2の違法な暴言等の被害を受け続けたり,業務時間中にしばしば他の職員が被告Y2から暴言等を受けるなどしているのを見聞きする状況に置かれたり,あるいは上記アのように不当な理由に基づき減給されるなどしたというのであるから,被告法人は,違法な本件暴言等を行った被告Y2とともに,その被害を受けた原告X1に対して共同不法行為責任を負うというべきである。

 

 

考察

 

社員に暴言を吐く経営者ほど始末が悪いものはない。

このような環境でよく経営が成り立っていたものだと逆に感心します。