10月24日の判決。マル「も」はダメだけど,花押はOK。

東京地方裁判所平成25年10月24日判決

自筆証書遺言が「押印」の要件を欠き無効とされた事例

事案の概要

原告も被告もAの娘。
Aは,平成18年8月1日に死亡。Aは入院中,ノートに次の遺言を書いていた。
「H18・7・15(土)No3私しA(昭和8年○月○○日生れ)72才は総ての財産(権利用する総ての財産等を被告に委任します。(C)さんのことを充分考慮してそれなりの配分をお願いします。平成18年7月15日(土)午後8時30分西新井病院3F入院室ベッド上で念のため書き残す。追伸必ず以上のことと次の事はかたく実行実施する様に◎原告 D家族には如何なることがあろうと,私の権利の発生す持分の財産等は分け与えないことを父Aの遺言と思いかたく守ること お世話になりました。 ありがとう感謝です。」
本件書面の末尾には「A」の署名と,片仮名を崩したサイン様なもの(以下「本件サイン」という。),「も」を○で囲ったもの(以下「本件略号」といい,本件サインと併せて「本件サイン等」という。)が青色の筆記具で記載されているが,印章を押捺して印影を顕出させる方法による押印はされていない。

問題の所在

マル「も」は押印の要件を充しているか?

裁判所の判断

被告は,本件サイン等が「押印」と同等の意義を有するので,本件書面は,自筆証書遺言の「押印」の要件を充足すると主張する。

民法968条1項が自筆証書遺言の方式として自書のほか押印を要するとした趣旨は,遺言の全文等の自書とあいまって遺言者の同一性及び真意を確保するとともに,重要な文書については作成者が署名した上その名下に押印することによって文書の作成を完結させるという我が国の慣行ないし法意識に照らして文書の完成を担保することにあると解されるところ(最高裁昭和62年(オ)第1137号平成元年2月16日第一小法廷判決・民集43巻2号45頁参照),いまだ我が国においては,重要な文書について,押印に代えて本件サイン等のような略号を記載することによって文書の作成を完結させるという慣行や法意識が定着しているとは認められない。

被告は,本件サイン等が「押印」と同等の意義を有すると主張するが,以下のとおり,Aも法的意味を有する重要な文書について本件サイン等を記載することによって作成を完結させていたとは認められない。

すなわち,本件略号は,本件ノートのうち平成18年7月11日の頁や,乙18,19の書面に記載されていることが認められるが,それらの書面は,その日の出来事に対する気持ちや,人生訓といった法的意味を有するとはいえない内容を記載するものであり,かえって,Aは,養子縁組に関する覚書,手術に関する承諾書,建物登記に関する図面といった法的意味を有する文書については,押印あるいは指印することによって文書の作成を完結させていたことが認められる。

このようなAの本件略号の使用状況のほか,本件書面は,Aが日々の出来事やそれに対するAの気持ちを主な内容とする本件ノートの一部であることを踏まえると,本件サイン等が,遺言という重要な法的意味を有する意思表示を記載した文書の作成を完結させる意義を有していると認めることはできず,本件サイン等が押印と同等の意義を有している旨の被告の主張は採用できない。

したがって,本件書面は,民法968条1項の押印の要件を欠いているといわざるを得ない。