9月4日の判決 保存された精子

最高裁判所平成18年9月4日判決

男性の死後,保存された男性の精子を用いて生まれた子と当該男性との間に認知による法律上の親子関係の形成は認められない。

考察

法律の手当てがない以上,最高裁判所の判断はもっともだと思いますが,心情的には原審に与したい。
死んだ親父も生まれてきた子供も親子の証を戸籍に残したいだろうな。
そして,子供を産んだ奥様の覚悟に敬意を表したい。

事案の概要

BとAは,平成9年に婚姻した夫婦である。
Bは,婚姻前から,慢性骨髄性白血病の治療を受けており,婚姻から約半年後,骨髄移植手術を行うことが決まった。
本件夫婦は,婚姻後,不妊治療を受けていたが,Aが懐胎するには至らず,Bが骨髄移植手術に伴い大量の放射線照射を受けることにより無精子症になることを危ぐし,病院において,Bの精子を冷凍保存した。
Bは,平成10年夏ころ,骨髄移植手術を受ける前に,Aに対し,自分が死亡するようなことがあってもAが再婚しないのであれば,自分の子を生んでほしいという話をした。
また,Bは,骨髄移植手術を受けた直後,同人の両親に対し,自分に何かあった場合には,Aに本件保存精子を用いて子を授かり,家を継いでもらいたいとの意向を伝え,さらに,その後,Bの弟及び叔母に対しても,同様の意向を伝えた。
本件夫婦は,Bの骨髄移植手術が成功して同人が職場復帰をした平成11年5月,不妊治療を再開することとし,同年8月末ころ,病院で本件保存精子を受け入れ,これを用いて体外受精を行うことについて承諾が得られた。
しかし,Bは,その実施に至る前に死亡した。
Aは,Bの死亡後,同人の両親と相談の上,本件保存精子を用いて体外受精を行うことを決意し,平成12年中に,上記病院において,本件保存精子を用いた体外受精を行い,平成13年,これにより懐胎した被上告人を出産した。
本件は,上記の経過により出生した被上告人が,検察官に対し,被上告人がBの子であることについて死後認知を求めた。

原審の判断

原審は,次のとおり,原告の主張を認めた。
(1)民法787条は,生殖補助医療が存在せず,男女間の自然の生殖行為による懐胎,出産(以下,このような生殖を「自然生殖」といい,生殖補助医療技術を用いた人為的な生殖を「人工生殖」という。)のみが問題とされていた時代に制定されたものであるが,そのことをもって,男性の死亡後に当該男性の保存精子を用いて行われた人工生殖により女性が懐胎し出産した子(以下「死後懐胎子」という。)からの認知請求をすること自体が許されないとする理由はない。
(2)民法787条に規定する認知の訴えは,婚姻外で生まれた子を父又は母が自分の子であることを任意に認めて届出をしない場合に,血縁上の親子関係が存在することを基礎とし,その客観的認定により,法律上の親子関係を形成する制度である。
したがって,子の懐胎時に父が生存していることは,認知請求を認容するための要件とすることはできない。
そして,死後懐胎子について認知が認められた場合,父を相続することや父による監護,養育及び扶養を受けることはないが,父の親族との間に親族関係が生じ,父の直系血族との間で代襲相続権が発生するという法律上の実益がある。
もっとも,夫婦の間において,自然生殖による懐胎は夫の意思によるものと認められるところ,夫の意思にかかわらずその保存精子を用いた人工生殖により妻が懐胎し,出産した子のすべてが認知の対象となるとすると,夫の意思が全く介在することなく,夫と法律上の親子関係が生じる可能性のある子が出生することとなり,夫に予想外の重い責任を課すこととなって相当ではない。
そうすると,上記のような人工生殖により出生した子からの認知請求を認めるためには,当該人工生殖による懐胎について夫が同意していることが必要であると解される。
以上によれば,死後懐胎子からの認知請求が認められるためには,認知を認めることを不相当とする特段の事情がない限り,子と父との間に血縁上の親子関係が存在することに加えて,当該死後懐胎子が懐胎するに至った人工生殖について父の同意があることが必要であり,かつ,それで足りると解される。
(3)被上告人は,Bの死亡後に本件保存精子を用いて行われた体外受精によりAが懐胎し,出産した者であるから,Bとの間に血縁上の親子関係が存在し,Bは,その死亡後に本件保存精子を用いてAが子をもうけることに同意していたと認められる。そして,本件全証拠によっても,本件請求を認容することを不相当とする特段の事情は認められない。そうすると,被上告人は,Bを父とする認知請求が認められるための上記要件を充足しているというべきである。

最高裁判所の判断

原審の上記判断のうち(2)及び(3)は是認することができない。

民法の実親子に関する法制は,血縁上の親子関係を基礎に置いて,嫡出子については出生により当然に,非嫡出子については認知を要件として,その親との間に法律上の親子関係を形成するものとし,この関係にある親子について民法に定める親子,親族等の法律関係を認めるものである。

ところで,現在では,生殖補助医療技術を用いた人工生殖は,自然生殖の過程の一部を代替するものにとどまらず,およそ自然生殖では不可能な懐胎も可能とするまでになっており,死後懐胎子はこのような人工生殖により出生した子に当たるところ,上記法制は,少なくとも死後懐胎子と死亡した父との間の親子関係を想定していないことは,明らかである。
すなわち,死後懐胎子については,その父は懐胎前に死亡しているため,親権に関しては,父が死後懐胎子の親権者になり得る余地はなく,扶養等に関しては,死後懐胎子が父から監護,養育,扶養を受けることはあり得ず,相続に関しては,死後懐胎子は父の相続人になり得ないものである。
また,代襲相続は,代襲相続人において被代襲者が相続すべきであったその者の被相続人の遺産の相続にあずかる制度であることに照らすと,代襲原因が死亡の場合には,代襲相続人が被代襲者を相続し得る立場にある者でなければならないと解されるから,被代襲者である父を相続し得る立場にない死後懐胎子は,父との関係で代襲相続人にもなり得ないというべきである。
このように,死後懐胎子と死亡した父との関係は,上記法制が定める法律上の親子関係における基本的な法律関係が生ずる余地のないものである。
そうすると,その両者の間の法律上の親子関係の形成に関する問題は,本来的には,死亡した者の保存精子を用いる人工生殖に関する生命倫理,生まれてくる子の福祉,親子関係や親族関係を形成されることになる関係者の意識,更にはこれらに関する社会一般の考え方等多角的な観点からの検討を行った上,親子関係を認めるか否か,認めるとした場合の要件や効果を定める立法によって解決されるべき問題であるといわなければならず,そのような立法がない以上,死後懐胎子と死亡した父との間の法律上の親子関係の形成は認められないというべきである。
以上によれば,本件請求は理由がないというべきであり,これと異なる原審の上記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。
そして,以上説示したところによれば,本件請求を棄却すべきものとした第1審判決は正当であるから,被上告人の控訴は棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。