8月23日の判決 クレーマーに頭がおかしいと言ったら一万円

 

8月23日の判決 クレーマーに頭がおかしいと言ったら一万円。お巡りさんも大変です。

東京高等裁判所平成25年8月23日判決

判決の要旨

路上バイクの撤去などを求めて警察署を訪れた者に対し、警察官が「頭がおかしい」などと発言したことについて、名誉感情を害したとして不法行為の成立が認 められた事例

前提事実

神奈川県警察川崎臨港警察署は,駐車苦情を内容とする匿名による通報を受理した。

本署地域幹部から指令を受け,本件現場に到着すると,同所には、本件貨物自動車が,運転席のある,いわゆるヘッド部分を前に倒し,エンジンが露出する状態で駐車されていた。

本件貨物自動車は,控訴人の勤務先会社が請負先から預かり,控訴人が運転していた宣伝用トラックであり,本件現場は控訴人の自宅近くにあった。

巡査らは,本件貨物自動車付近に運転者らしき者がいないことから,同車両を本件駐車違反の違反車両と認めて,本件放置車両確認標章を貼付し,取扱いを終了した。

川崎臨港署は,控訴人からの,駐車中の車両にいたずらをされた旨の110番通報を,これを受理した神奈川県警察本部通信司令室からの通報により受けた。

そこで,巡査をその通報現場である本件現場へ派遣した。

控訴人は,その後も上記110番通報から3分後に再度110番通報を行い,引き続き数分置きに2回同様の110番通報をした。

現場には先に戊田巡査が到着し,その後,乙山巡査らが到着した。

戊田巡査は,控訴人が本件放置車両確認標章のことを話題にしたが,同標章に係る担当ではなかったため,控訴人とともに乙山巡査らの到着を待った。

本件貨物自動車は上記状態のままであり,同車両の横に控訴人が立っていた。

控訴人は,到着した乙山巡査らに対し,本件貨物自動車について,「エンジンオイルが噴き出した。」旨を繰り返し延べ,怒鳴り声を上げて本件放置車両確認標章の貼付に異議を唱えた。

乙山巡査は,本件駐車違反について反則切符を作成し,告知するため、控訴人に対し,運転免許証を提示するよう求めたところ,控訴人は,免許証をいずれからか取り出し,自ら手に持ったまま,乙山巡査の顔に向けて腕を伸ばして示したが,すぐに腕を下ろし,再び,「エンジンオイルが噴き出した。故障だ。エンジンをかけるとオイルが噴き出してしまう。」と述べ,本件駐車違反を否認した。

乙山巡査は,控訴人に対し,「納得がいかなければ,後日,弁明の機会が与えられるので,その時に弁明すればよい。また,故障であるならば,その際に修理伝票や領収書を持参した方がよい。」旨を説明した。

これに対し,控訴人は,本件貨物自動車は勤務先会社が請負先から借りている車両であり,後日所有者である請負先に書類等が送られると仕事を失うことになるのでそれはできない旨述べ,乙山巡査が「それはあなたの理由ですね。」と述べると,「そこまで重箱の隅をつつくなら,5年も6年も前から私の通報や要請を無視し続けているけど,それを今すぐやれ。」と言い返した。

控訴人は,その住所地が川崎臨港署の管内にあり,同署や川崎市長に対し,違法駐車や違法看板があるなどと,苦情や通報をすることがあった。

また,控訴人は,乙山巡査に対し,「以前,知人が車を運転中,携帯電話の違反の容疑で停止させられた。結局違反ではなかったが,取り扱った警察官から謝罪がなかった。なぜ謝罪しなかったのか調べろ。その警察官を今すぐここに呼べ。」などと,繰り返し大声でまくしたてた。

乙山巡査は,「今すぐここで調べることはできないし,そもそも,控訴人に関わることではないので,控訴人に回答する必要はない。」と回答したが,控訴人は,なおも大声で「何でできないんだ。今すぐやれ。」などと繰り返した。

そして,控訴人は,川崎臨港署近くに設置された歩道橋の下に,自動二輪車及び自転車が駐車ないし駐輪されていることについて,「なんで歩道橋の下が駐輪場になっているんだ。あれも駐車違反だ。」などと繰り返し大声で叫び始め,しばらくすると,今度は,同人らの近くの道路脇に置かれた不動産広告が貼られたパイロンを指示し,「前にも連絡したのに,あれをどけろ。何でやんないんだ。俺の駐車ばかり取り締まっていないで,どうにかしろ。今すぐやれ。」,などと繰り返し述べ始めた。

乙山巡査は,控訴人に対して,同件に関しては,控訴人の取扱い終了後,同広告に記載された連絡先に連絡し,パイロンの撤去等を指示する旨の説明をした。

控訴人は,携帯電話を取りだし,乙山巡査らの面前で110番通報した。

同通報は,他の警察官の派遣を求めるものであり,控訴人は,同日,再度,同様の110番通報をして,他の警察官の派遣を求めた。

乙山巡査は,控訴人が控訴人の知人に関わる交通違反,放置自転車,パイロンを利用した不動産広告について大声で繰り返し訴えるだけで,乙山巡査の話に聞く耳を持たなかったため,この場で本件駐車違反の処理をすることは不可能であると認め,本署へ電話連絡し,丁原警部補に対し,控訴人が大声を出すなどし,交通違反の取扱いができない状況である旨報告したところ,丁原警部補から,現場での取扱いを終了し,後刻,控訴人が出頭した際に反則告知することとする旨の指示があったため,乙山巡査らは本件現場を離れた。

その後,控訴人は,同日4分おきに警察官の派遣を要請する110番通報を4回繰り返した。

丁原警部補は,110番が繰り返されていたことから,自ら本件現場へ赴くこととし,乙山巡査らとともに臨港二号に同乗して本件現場に向かった。

本件現場では,控訴人がヘッド部を元に戻した状態で駐車した本件貨物自動車の運転席に着座していた。

控訴人は,警察官の派遣があり,同警察官が他の駐車車両の様子を見ていることに気付くと,同警察官に対し,「パイロンもあるからね。」と述べた。

その後,丁原警部補が控訴人に免許証の提示を求めると,控訴人は,同警部補に警察手帳の提示を求めた。

丁原警部補は,控訴人が述べていた控訴人の知人に係る交通違反,放置自転車,パイロンを利用した不動産広告についてはこの場で処理することは困難であることを説明したが,控訴人はこれに納得せず,再び同日4分置きに4回「警察官は来たが,対応してくれない。」,「横断歩道の両サイドにパイロンにくくりつけられた看板がある。」,「看板が風が吹いたら危ない。」などと述べた。

丁原警部補は,この場で控訴人を説得し,本件駐車違反について反則告知することは不可能であると判断し,とりあえず違法駐車状態を解消させようと,控訴人に対し,違反車両を移動するよう,強い口調で指示したところ,控訴人は,本件貨物自動車を移動させた。

その後,控訴人は,付近を走行した後,再び本件現場に戻り,車両等放置の状態がそのままであったことなどから,同日再び110番通報を行った。

その後,控訴人は,川崎臨港署に赴き,本件放置車両確認標章を手にして同署正面出入口から入ると,大声で「さっきの気合いの入ったお父さんを呼んで。」と繰り返し,丁原警部補との面会を求め,同署一階行政事務室地域企画係前の受付カウンター付近において,「大師高校前のパイロンが危険だ。四谷小学校の近くにもある。安全協会前の歩道橋下のバイクを取り締まれ。」,「どうなっているんだよ。俺が通報したのに。すぐにやれ。今すぐにやれ。」などと大声で怒鳴った。

控訴人の動向に気付いた川崎臨港署地域企画係員や,通信室において通信指令業務に従事し,控訴人の大声を聞きつけた丁原警部補は,直ちに控訴人に近づき,対応すると,控訴人は,大声で「歩道橋の下のバイク2台を取り締まれ。君たちは取り締まるべきじゃないのか。」などと繰り返した。

丁原警部補は,控訴人の申出が道路への物件放置及び放置バイクに関する内容であったことから,現場を特定するため,川崎臨港署地域課第三係甲田巡査に,明細地図を持参させると,控訴人は,「以前,知人が車を運転中,携帯電話の違反で警察官に止められたが,結局,違反はしていなかった。このときの警察官を呼べ。」などと述べ始めた。

丁原警部補は,控訴人に直接関係のない事案であると思われたが,詳細を聴取しなければ判断できないため,「警告に止めた交通違反であれば,取扱者を特定できるかどうか分からないが,いつ,どこでのことなのか。相手の名前は。」などと申し向けたが,控訴人は「いいから呼べ。今すぐ呼べ。住民相談係に聞けばわかる。今すぐ聞け。」などと繰り返し述べた。

そして、控訴人は,「これはどうするんだ。」などと言いながら本件放置車両確認標章を提示した。

その様子を見ていた乙山巡査は,本件放置車両確認標章であれば,乙山巡査らの取扱いであるため,控訴人に近づき,「車は故障ではないのか。」などと問いただすと,控訴人は,「市長への手紙にも書いた不良警官を特定して,知合いに謝罪させたり,警察署前の万年駐輪や違法看板を解決してくれるなら,不本意だが故障の主張を取り消す。」と大声で述べた。

乙山巡査は,「そういうのは取引です。取引はいたしません。」と告げて,控訴人から離れた。

その後,控訴人が再び「これはどうなるんだ。」と述べたため,丙川巡査が「切符処理されなければ,使用者に連絡が行く。」旨答えると,控訴人は,「会社はまずい。借りている車だから。切符を切ってくれ。」などと述べた。

丙川巡査は,「さっき故障と言ったでしょ。弁明すればいいでしょ。」などと申し向けると,控訴人は,「もういい。俺が停めた。」と述べたため,同巡査が,「では,違反を認めるんですね。」と確認すると,控訴人は,「認めるから。」と申し立て,丙川巡査の求めに応じて,免許証を提示した。

丙川巡査が反則切符を作成中,甲田巡査は,控訴人に明細地図を示し,控訴人が訴える不動産の宣伝のためのパイロンが置かれている位置2か所を特定した。

丙川巡査は反則切符の作成を終えると,控訴人に告知し,被控訴人は供述書欄に署名指印した。

丁原警部補は,本件駐車違反の取扱いが終了し,甲田巡査も控訴人が申し出ている道路上のパイロンの位置を地図上で特定し,受付カウンターを離れたことから,控訴人への対応を終了することとした。

しかし,丁原警部補が控訴人に対し上記パイロンの取扱いについては「これから段取りをつけて行う。」などと告げ始めたところ,控訴人は,再び大声で,「なんですぐやらないんだ。今すぐにやれ。やれと言っているだろう。すぐにパトカーで行けば済むことだ。」と大声で繰り返し述べた。

丁原警部補は,これからの対応を説明しようとしていたが,控訴人が大声で自己の主張を繰り返したことから,咄嗟に,「あなたは頭がおかしい。」,「私も頭がおかしい。だから病院へも通っている。」と発言した。

すると,控訴人は,「今,頭がおかしいと言われた。みんな聞いていましたか。」と,行政事務室にいる者全員に呼び掛けるように,大声で言うと,控訴人の周辺にいた同署員を見渡し,同意を求めるように,数人の顔に順次視線を向けた。

しかし,同署員の中に,控訴人の問いかけに応答をする者はいなかった。

川崎臨港署乙野副署長は,同署行政事務室内の自席において執務中であったことから,控訴人が来署して以来,大声を出していることを認識していたところ,控訴人が殊更,大声を上げたことから,事態を収拾するため,自席を離れ,受付カウンターに近づいた。

乙野副署長は,控訴人が「すぐにやれ。今すぐにやれ,パトカーで行け。」などと繰り返し署員に業務の指図をしていることから,控訴人に対し,「あなたの仕事は何であるのか。」などと問うと,控訴人は,「トラックの運転手である。」旨回答した。

乙野副署長が控訴人に対し「私たちが,あなたの仕事に指図したことはあるのか。」などと問うと,控訴人は「ない」と返答したため,さらに,乙野副署長が「では、あなたも指図しないでほしい。」旨を申し向けると,控訴人はこれに返答することなく,また,乙野副署長に対し本件発言に対する抗議を行おうともせず,丁原警部補に対し,「必ず道路を見に行け。そして俺に電話しろ。」と申し立て,同署を出た。

同日午後,控訴人は,放置車両等への対応を確認するとともに,丁原警部補から本件発言についての謝罪を得るため,川崎臨港署に電話をかけ,丁原警部補と話した。

丁原警部補は,控訴人から本件発言について問われると,「言っていることがおかしいと言った。」と述べた。

控訴人は,「頭がおかしいと言ったろ。話をごまかすな。」旨述べ,丁原警部補が「言っていることがおかしいからでしょ。そのパイロンの件とオートバイの件は,」と言いかけると,控訴人は「私の頭がおかしいと言った。」旨述べた。

これに対し,丁原警部補は,「頭がおかしいからしょうがねえじゃねえかよ。」と述べた。

控訴人は横浜地方検察庁に対し,丁原警部補を被告訴人とし,被疑事実を本件発言等による侮辱とする告訴をした。

同検察庁は,同告訴について,丁原警部補を不起訴処分とすることとし,控訴人に対し,不起訴処分理由告知書により,同不起訴処分の理由が起訴猶予である旨通知した。

 

裁判所の判断

警察は,個人の生命,身体及び財産の保護に任じ,犯罪の予防,鎮圧及び捜査,被疑者の逮捕,交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当たることをもってその責務とし(警察法2条),警察官は警察法に規定する個人の生命,身体及び財産の保護,犯罪の予防,公安の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行する義務があるから(警察官職務執行法1条),これらに係る110番等による通報ないし申告に対しては,これを適法,適正に対処すべきであり,その職権職務の遂行において通報者等を侮辱し,その名誉を毀損することがあってはならないことは当然である。

前記認定事実によれば,丁原警部補は,控訴人が放置車両やパイロンを用いた不動産広告が交通の安全を害する危険を生じさせていることなどを申告し,これへの対応を求めたことから,川崎臨港署内において他の警察官をして場所の特定をさせるなどしたが,すぐに撤去等することを繰り返し求める控訴人に対し,国民が出入りし得る同署受付カウンター前において,「あなたは頭がおかしい。」との発言をし,その後控訴人から本件発言をしたことの確認を求められると,「頭がおかしいからしょうがねえじゃねえかよ。」と発言したことが認められる。

この事実によれば,本件発言は,ささいなものあるいは言葉の弾みなどとして看過することができないものであり,控訴人の名誉感情を害するものであって,これにより控訴人が精神的苦痛を受けたものと認めることができるから,本件発言により,被控訴人の公権力の行使に当たる公務員がその職務を行うについて故意によって違法に控訴人に損害を加えたことを認めることができる。

この点,被控訴人は,本件発言は,本件駐車違反の処理を終え,最終段階として,控訴人の訴えの処理方法について,懇切,丁寧に伝えようとしたにもかかわらず,それを遮り,再び,大声で自己の主張を繰り返す控訴人に対し,なぜ自分の説明を理解してもらえないのかとの暗たんたる思いから,丁原警部補がこれを制止する意図で発したものであり,本件発言に控訴人を侮辱する意図はなく,控訴人の社会的地位,評価を侵害したものといえない旨主張する。

しかし,控訴人は,警察官が既に本件現場に臨場しているにもかかわらず,緊急電話である110番を用いた警察官の派遣要請を頻回に繰り返したり,即時の撤去行為を執ように求めるなど,公共の安全等を図るための通報としては相当性を逸脱した行動をとってはいるが,控訴人が本件違法駐車以前に放置車両等について警察署等に通報や撤去要請をし,また本件違法駐車については本件発言前に違反切符の作成,交付に応じていること等を踏まえれば,控訴人の丁原警部補に対する上記要請が単に本件放置車両確認標章の貼付や違反切符の交付に対する腹いせにしたものとまではいえないし,制止の方法としても,本件発言が必要かつ相当なものといえないことは明らかであって,被控訴人の主張は採用することができない。

 

慰謝額

本件発言に至る経緯,その内容,同発言がされた場所,周囲の状況等の前記認定事実その他本件記録に顕れた一切の事情を考慮すれば,慰謝額は1万円と認めるのが相当である。