10月7日の判決。髪は女の命、カットの注文は慎重に。

神戸地方裁判所平成22年10月7日判決

顧客がヘアカタログのデザインを見せてカットを依頼したが、当該カタログどおりの髪型とならなかった場合、美容師に損害賠償請求できるか?

考察

途中でデザイン変更すれば、思うような形にならないことくらいに分かると思うが、それにしても一度切った髪の毛はその場で修復できないので、美容師さんは神経使いますね。

事案の概要

本訴請求は、被控訴人の経営する美容室に客として来店した控訴人が、被控訴人に対してカタログを見せてカットとパーマを申し込んだところ、被控訴人がこれを承諾したので、被控訴人には、美容契約上の善管注意義務として、控訴人の頭の上の部分の髪を長めにカットし、頭のサイド部分をふわりとさせる義務を負っていたにもかかわらず、被控訴人は頭の上の部分の髪をカットしすぎて見本通りにしなかったため、控訴人は奇妙な髪型のためにパニック障害及び不眠症になったとして、被控訴人に対し、美容契約上の債務不履行に基づく損害賠償として慰謝料三〇万円及び遅延損害金の支払を求めた事案。

反訴請求は、被控訴人が、上記カットの後、控訴人の意を受けた控訴人の姪及び控訴人が経営する会社の従業員が、被控訴人の店に来て「ウチの社長どないしてくれるねん。」「甲野さんの言うことを何でも聞きますという一筆書けや。」などと怒鳴り、被控訴人に謝罪文を書かせた上、翌日、控訴人が被控訴人に対し「お金は二の次で、髪の毛を元に戻せないなら、被告の頭の半分を坊主、もう半分をそのままに残す。」などと怒鳴り、さらに「精神的に落ち着くまで仕事ができない。休業補償として二〇〇万円かかる。おまえに払えるか。」などと怒鳴って被控訴人を恐喝しようとし、その後も被控訴人は、同人らから電話や訪問などで脅迫され続けたことにより精神的苦痛を受けたとして、不法行為に基づく損害賠償として慰謝料五〇万円及び遅延損害金の支払を求めた事案。

原審は、被控訴人による債務不履行はなかったと認定して控訴人の本訴請求を棄却し、控訴人による不法行為の成立を認めて慰謝料二〇万円及び遅延損害金の限度で被控訴人の反訴請求を一部認容したため、これらを不服とした控訴人が、本件控訴を提起した。

前提事実

控訴人か本件美容院を訪れ、置いてあったヘアカタログに掲載されていた写真のモデルのヘアデザイン(第一デザイン)を示しながら、カット、パーマ、毛染めの注文をするとともに、「私はてっぺんの毛が少ないのでトップにボリュームをもたせてほしい。面長なので上ばかりふくらみすぎると細長い顔が目立つので、横もボリュームがほしい。赤系統が嫌なので明るい黄系統にしてほしい。」と述べた。

被控訴人は、これに基づいて、施術を開始したところ、控訴人は、本件施術の途中で、被控訴人に対し、本件カタログに記載された別のデザイン(第ニデザイン)に変更するよう求めた。

被控訴人は求めに応じて、第二デザインに従って本件施術を再開したが、控訴人は、本件施術が完了する前に、被控訴人に対して施術の中止を求めたため、被控訴人は本件施術を中止した。

被控訴人は、控訴人に対し、本件施術の代金を無料にする旨申し出て、控訴人の了解を得た。現在まで、控訴人は、被控訴人に対して本件施術代金を支払っていない。

その後、控訴人は別の美容室で手直しのためのカットを受けた。

裁判所の判断

被控訴人による債務不履行の有無について

(1)
ア 被控訴人は、控訴人から第一デザインによる注文を受けた後、頭皮及び髪の毛に付いている埃や汚れを落とすプレシャンプー、毛先と中間の傷んだ髪の部分を切るベースカット、パーマ、毛染め、シャンプー、デザインどおりのスタイルにするためのカットの順で本件施術を行った。

イ 毛染めが終わったころに、丙山が本件美容院を訪れ、控訴人の髪の色を見て、「ええやん、大人っぽいやん。」と言った。

ウ その後、被控訴人は本カットを開始し、まず第一デザインを前提に左側部をカットしたが、左側部のカットが終わる段階で、控訴人は、被控訴人に対し、第二デザインに変更するよう求めた。これに対し、被控訴人は、「もしスタイルを変えるのであれば、第二デザインと全く一緒というのは難しいと思う。」「これに似た雰囲気にできるだけ近づけます。」旨伝えたところ、控訴人は「わかりました。」と答えて、施術を再開した。

エ その後、控訴人は、再度本件美容院を訪れた丙山に対し、本件カタログの第二デザインの写真を見せながら、「これになっとう?」と聞いた。これに対し、丙山は、「全然違う。」などと答え、控訴人も、被控訴人に対し、第二デザインの写真の髪はおかっぱくらいの長さなのに、控訴人の髪はそうなっていない等と言った。

オ その後、被控訴人は、本件施術を続けたが、控訴人は、被控訴人が頭頂部の髪を短くカットしすぎて、髪がぴんぴん立っている等と言い、本件施術の中止を求めた。そのため、被控訴人は本件施術を中止し、控訴人は、「また来るから」などと言いながら、鞄と上着を持って本件美容院を出た。

カ 控訴人は、後日に甲田屋に行った際、戊田に対し、本件カタログの第二デザインを示して、「これにしてもらうつもりが、今のような状態になった。それを直してほしい。」旨の依頼をした。その際、控訴人は、戊田に対して、本件カタログの第一デザインの写真は示さなかった。

キ 控訴人は、証拠として写真を撮影した。

(2)
ア 控訴人は、本カットの前にデザインの変更を申し出たと主張し、原審においてその旨供述する。しかしながら、第一デザインはサイドの長さを口角に設定するデザインであり、本件施術後の控訴人の左側部の髪の長さと矛盾しないこと、第二デザインでのサイドの髪の長さは、あごのライン辺りまであり、第一デザインのサイドの髪の長さとは異なることが認められ、これらの事実は「本カットで、最初に第一デザインを前提に左側部をカットしたが、その後、控訴人が第二デザインへの変更を申し出た。」との被控訴人の供述と整合している。

そうすると控訴人がデザインの変更を申し出たのは、第一デザインを前提として左側部をカットした後であると推認することができる。

したがって、控訴人の上記主張は理由がない。

イ また、控訴人は、被控訴人は左側部をはさみで一気に切り落としており、第一デザインを前提にしても短くカットしすぎていると主張するが、上述のとおり、第一デザインと本件施術後の控訴人の左側部の髪の長さは矛盾していない。

なお、戊田の陳述書によると、控訴人が本件施術の翌日である同月五日に甲田屋に来店した際、ご要望のカタログとは左側の長さ、トップの長さ、首筋の長さが異なっていた、左側に関してはカタログよりも短かったとされるが、上記認定事実によると、戊田は本件カタログの第二デザインしか見せられていないので、上記陳述書記載の「カタログ」とは、第二デザインのカタログであると認めるのが相当であるから、上記陳述書をもって、被控訴人が、第一デザインを前提にしても左側を短くカットしすぎたということはできない。

そして、他に、本件で、被控訴人が第一デザインと比較して控訴人の髪を切りすぎたと認めるに足りる証拠はないから、控訴人の上記主張は理由がない。

ウ 控訴人は、第二デザインに変更する際、被控訴人は、第二デザインの写真のとおりにはならない等の説明をすべきであったのに、何の留保もなく変更に応じたから、説明義務違反であると主張する。

しかしながら、控訴人は、原審において、本カットの開始前にデザインを変更した、被控訴人は第二デザインに変更した後、左側部を一気に切り落としたため、左側部が短くなりすぎた等と供述しており、これらの供述を前提とすれば、第二デザインへの変更をした段階では、左側部をカットしておらず、第二デザインへの変更に際して、被控訴人が、わざわざ第二デザインの写真のとおりにならないと説明する必要もなかったことになるから、控訴人の上記主張自体が、控訴人の上記供述と矛盾する。

また、上記認定事実によると、控訴人が第二デザインへの変更を求めたのは、第一デザインを前提に左側部をカットした後であり、上記のとおり、第一デザインと第二デザインのサイドの髪の長さは明らかに異なっていることからすると、本件美容院を開店して間もない被控訴人が、初めて来店した客に対して、何の留保もなしに上記デザインの変更に応じたとは考え難く、上記認定事実のとおり、被控訴人は、控訴人に対して「もしスタイルを変えるのであれば、第二デザインと全く一緒というのは難しいと思う。」旨伝えたと推認するのが合理的である。

したがって、控訴人の上記主張は理由がない。

(3)
以上のとおり、控訴人の主張はいずれも理由がなく、上記認定事実によると、被控訴人は、控訴人の依頼に応じて、美容契約上の裁量を逸脱しない範囲で本件施術をしたものであることが認められ、また、デザインの変更に際して、イメージ通りにはならないことを断った上でできる範囲で施術する旨説明しており、説明義務違反があったとは認められない。

したがって、被控訴人に、本件契約上の債務不履行があったとは認められないから、控訴人の本訴請求には理由がない。

控訴人による不法行為の成否

(1) 
ア 控訴人が、本件施術を中断し、本件美容院を出てから一〇分ほど経過した後、丙山らが本件美容院に来店し、店の前で、「ウチの社長の頭どないしてくれるねん。明日からフリーマーケットに行って商売する。あんな頭した店員から誰が服を買う。他店で毛髪調整したらあんたが支払ってくれるんやろな。」などと怒鳴った。これに対し、被控訴人が「借金して商売を始めている。店を始めて間がないから、店の前で怒鳴らないでほしい。」と言うと、丙山は「何が借金してるじゃ。それより、甲野さんの言うことを何でも聞きますという一筆を書けや。」などと言った。

被控訴人は、丙山の申出を拒否したが、丙山は、「何が出来へんじゃ。お前がウチの社長の頭、むちゃくちゃにしたんやろうが。とりあえず、何でもええ、自分の誠意を文章にせいや。」などと言った。そこで、被控訴人は、「一二月四日施術時、甲野様の希望と違う髪型と指摘を受けました。その為、他店にて毛髪調整をされた場合は施術料金を当店がお支払いします。」という内容の書面を作成して、丙山に見せた。しかし、丙山は、「お前なめとんか。社長にこんなもん見せられるか。」などと言って、上記書面を受け取らず、本件美容院から出て行った。

イ 同月五日午後二時ころ、控訴人は、本件美容院に電話をかけ、電話に出た本件美容院の従業員に対して、被控訴人を出せと要求した。

そのとき、被控訴人は接客中であったため、被控訴人は、同日午後二時五〇分ころに、控訴人に対して電話をかけ直したところ、控訴人は、被控訴人に対し、「元の長さまで伸びるのに三か月かかると言われた。」「その間、どうしてくれるねん。髪の毛を元に戻せないなら、私の味わった屈辱を先生にも味わってもらいたい。」「先生の頭を半分丸刈りにして、半分そのままにしろ。」と言った。

これに対し、被控訴人が、「客商売なので、それは出来ません。ほかに方法はないですか。」などと言うと、控訴人は、「私が店を休んだら二〇〇万円損失が出る。どないしてくれるんや。休んだら払ってもらわな困る。お前に払えるんか。支払えんやろ。」などと言った。被控訴人は、「支払えませんし、二〇〇万は支払う気もないです。」などと答えた。

ウ 同日午後七時一〇分ころ、控訴人は、再度、被控訴人に対して電話を掛けたが、被控訴人が接客中であったため、被控訴人は、同日午後八時三五分ころ、控訴人に対して電話を掛け直した。そこで、被控訴人は、控訴人に対して、他店での手直し代と車代くらいは支払うので勘弁して欲しいと言ったが、控訴人は、「そんなはした金はいらん。私が仕事を休んだら休業損害が二〇〇万円掛かることを覚えておけ。」と言った。これに対して、被控訴人が、二〇〇万円は支払えない旨伝えると、控訴人は、「それならお前の嫁の頭を半分丸刈りにして、半分そのままにしろ。」などと言った。

エ 控訴人は、同月一一日、控訴人の代理人弁護士を通じて、被控訴人に対し、本件施術がカタログ通りでなく、奇妙な髪型になったために、控訴人が精神的苦痛を負ったとして、慰謝料二〇万円の支払を請求した。

オ 被控訴人は、控訴人や丙山らの上記行為により、本件美容院の店内や電話での対応に迫られ、この先、開店して間もない本件美容院で商売をしていけるのかどうか不安になり、警察に相談したり、弁護士に相談したりした。

(2)
上記認定事実によると、控訴人は、上記一のとおり、イメージ通りの髪型にならなかったのは自ら途中でデザインを変更したことに原因があったにもかかわらず、本件施術について強く苦情を述べ、丙山らをして、本件美容院に赴いて、店内で大声で被控訴人に対して強く謝罪を求めさせ、その後も本件施術が不適切だったことを問題にして、被控訴人に対して、本件美容院の営業時間に執拗に電話をかけるなどして、被控訴人やその妻の髪を半分丸刈りにしろ、自分が店を休んだら二〇〇万円の休業損害が発生する、それを払えるのか、などと言ったこと、被控訴人が本件美容院を開店してわずか六日目であったことが認められる。

これらの事実からすると、被控訴人が男性であったことを考慮しても、控訴人の上記行為は、社会的相当性を逸脱しており、被控訴人を畏怖させるに十分なものであり、被控訴人は、控訴人の上記行為によって、今後、本件美容院の経営が続けられるのかと不安に陥ったものと認められる。

(3)
以上のとおり、控訴人の上記行為は、何ら理由もないのに被控訴人を脅迫し、被控訴人に精神的苦痛を与えたものであるから、不法行為が成立する。

慰謝料額について

上記認定のとおり、第二デザインのとおりの髪型にならなかったのは、控訴人が本カットの途中でデザインの変更を申し出たためであり、被控訴人の本件施術には裁量の逸脱がないにもかかわらず、控訴人は、一方的に本件施術に問題があったと主張して、丙山らをして本件美容院の前で大声で怒鳴らせ、謝罪文を要求させ、本件美容院の営業中に来店して文句を言わせたり、自ら電話をかけるなどして被控訴人の営業を妨害するような行為をし、さらには、「被控訴人やその妻の髪を、半分丸刈りにしろ。」、「自分が店を休んだら休業損害二〇〇万円である。それが払えるのか。」などと言って脅すなどしている。

しかしながら、他方で、被控訴人は、控訴人に対して実際に金を支払っていないこと、本件不法行為によって、実際に本件美容院の来客数が減少し、被控訴人の売上げが減少したと認めるに足りる証拠はないことなど、本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、被控訴人が被った精神的苦痛に対する慰謝料は、七万円と認めるのが相当である。

なお、被控訴人は、上記損害賠償請求権に関する遅延損害金の起算日を同年一二月四日としているが、上記認定のとおり、控訴人の本件不法行為は同月五日に終了しているから、遅延損害金の起算日は同日となる。

結論

以上のとおり、控訴人の本訴請求は理由がないから、これを棄却すべきであり、被控訴人の反訴請求は七万円及び遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、その限度で認容し、その余は理由がないから棄却すべきである。