10月4日の判決 たとえ被害者でも無理は通りません。

東京地方裁判所平成22年10月4日判決

事案の概要

交通事故の被害者が損害保険会社の従業員の対応に腹を立て,執拗に恫喝されたとして慰謝料を請求した事案。

本件事故の態様

原告所有・運転の普通乗用自動車が信号待ちのため交差点手前の路上で停止していたところ,右側車線の後方から原告車を追い抜いた被告車が,その追い抜きの際,車体左側部を原告車の右サイドミラーに接触させ,これを損傷させた。

責任原因等

被告Y1は,停車車両であった原告車を追い抜く際,被告車を安全に運転する義務を怠った過失があるので,民法709条の責任を負う。

被告保険会社は,本件事故当時,被告Y1を被保険者とする自動車保険契約を締結していた。

争点

被告Y2の対応が原告に対する不法行為となるかどうか。

原告の主張

原告は,被告保険会社の東京損害サポート部に対し,本件事故発生直後の被告Y1の不誠実な態度を告げて被告Y1の謝罪を求めるなどしたが,交渉が進展しなかった。

原告は,被告保険会社の保険金支払相談室に対し,これまでの被告保険会社側の対応は事故の被害者に対する対応として失礼であるから謝罪してもらいたいなどと求めたが,当初応対した職員は「担当部署に確認する」と回答するに止まり,その後連絡をよこさなかった。

原告は,7月6日に改めて同相談室に電話をかけたところ,被告保険会社の従業員である被告Y2が応対した。

原告は,被告Y2に対し,保険金支払相談室に自ら電話し,同室から折り返し回答をもらえることになっていたことなど従前の事情を説明した上,原告の請求に対する回答を求めたが,被告Y2は「そんなことは聞いてない」「何時何分に電話をかけたんだよ?」とぞんざいな発言を繰り返した。

また,原告が,原告車の修理費用の支払や従前の交渉経緯の中での被告保険会社の担当者らの態度に対する謝罪を被告Y2に求めたのに対し,被告Y2はこれに全く応じず,強い口調で「アー?」「エー?」「何だって?」などといった発言を繰り返し,原告を執拗に恫喝し,原告の正当な請求を諦めさせようとした。

以上の原告Y2の対応は,社会通念上許されず違法なものであり,これにより原告は多大な精神的苦痛を被った。

その苦痛を慰謝するための慰謝料は200万円を下らない(さらに,この弁護士費用として20万円を要するから,合計損害額は220万円となる。)。

被告保険会社・被告Y2

すべて否認する。

裁判所の判断

1 不法行為の成否

① 本件事故当日の6月21日,原告と事故現場に駆た被告Y1の夫とは,原告車の損害について,被告保険会社の保険を用いて賠償することとし,原告は,その日のうちに,原告車の修理費の概算見積書(右サイドミラーの取替分として消費税込みで3万4020円)を取得したこと,

② 原告は,本件事故翌日,被告保険会社の東京損害サポート部に連絡を取ったところ,応対した同部署所属の担当者から「原告車の損傷部位の写真を撮影させてほしい」などと提案されたのに対し,被告Y1が既に事故現場で携帯電話を使って写真を撮影していたことを伝えるとともに,原告車の修理費についても,原告がいったんこれを立替払するのは筋違いであることなどを告げたこと,

③ 原告は,その後幾度か,東京損害サポート部の職員らと交渉したところ,7月2日付けで被告保険会社から,「当社としてはX1様の車両修理費と修理期間の代車料をお支払いする事で,本件の解決をさせていただきたいと考えております」「X1様より申し出いただいている迷惑料と撮影料に関しましては,損害賠償の対象外と考えております」などと記載された書面が送られてきたこと,

④ 話の進展がないと考えた原告は,7月初句,被告保険会社の保険金支払相談室に連絡を取り,被告Y1が撮影した写真は原告や同乗者の肖像権を侵害しているのでその写真の削除を求めること,これまでの交渉経緯から見て被告保険会社の担当者に謝罪をしてもらいたいことなどの要望を伝えたところ,上記相談室の担当者は後日連絡する旨回答したこと,

⑤ 原告は,上記相談室からの回答がなかったため,7月6日,改めて同室に電話をかけたところ,同室所属の被告Y2が応対したこと,

⑥ その後,被告保険会社においては,原告への対応は被告代理人弁護士が行うこととなり,同弁護士は,原告に対し,8月12日付けで,被告保険会社の担当者らの謝罪や迷惑料等の支払には応じられない旨回答するとともに,賠償対象となるのは原告車の修理費等となる旨伝えたこと,

⑦ 原告代理人弁護士らは,上記⑥の回答に納得できない原告の意向を踏まえ,11月14日,本訴を提起したことの各事実が認められる。

(2) 被告保険会社側は,前記(1)⑤認定に係る被告Y2と原告本人とのやり取りにつき録音していたところ,その録音記録によれば,原告が供述するような,「被告Y2が原告に対し激昂した感じで『本当にあなたが電話をかけたというなら,何時何分に電話をかけたんだよ?』と発言した」ことや,「人を脅すような強い口調で『アー?』『エー?』などの発言を繰り返した」ことは全く録音されていないことが認められる。

原告本人は,被告Y2と連絡を取った時刻や回数が異なるなどとして,上記録音記録は全くのでたらめである旨述べる。しかし,録音された自らの発言の一部については,このような発言をした旨原告本人が認めていること(原告本人。なお,原告が認める「なんか,やくざみたいな感じがするんだけど」との発言は,録音記録によって認められる被告Y2の原告に対する口調や発言内容,原告と被告Y2の前後のやり取りからして,被告Y2の応対に対するものでないことは明らかである。)のほか,前記(1)認定の,被告Y2が応対に出る前後の状況に照らし,録音内容に不合理・不自然なところも窺えない。録音記録の偽造を疑うべき事情は何ら見当たらないというべきである。

そうすると,被告Y2が上記発言をした旨の原告の供述は到底採用できず,結局のところ,被告Y2が原告に恫喝等するなどして原告の正当な請求を諦めさせようとした事実も認め難く,被告保険会社及び被告Y2らの原告に対する不法行為は成り立たない。