10月17日の判決。賃料不払いと追い出し

大阪地方裁判所平成25年10月17日判決

建物賃借人が、賃貸人及び保証会社の従業員らにより、賃料不払を理由に賃貸物件から大阪地方裁判所判決強制退去させられたことを違法として求めた損害賠償が認容された事例

考察

借主が家賃を払わないからといって借主に無断で鍵を替えたり、暴言を吐いて追い出しを図るのは法治国家の元では許されません。

追い出しを図りたいときには当事務所までご連絡ください。

法的手続きに則って追い出します。

事案の概要

被告乙山社との間で本件物件の賃貸借契約を締結し、本件物件に居住していた原告が、本件契約に係る賃料の支払を遅滞したところ、原告の本件契約に基づく債務を保証した被告戊田社の当時の代表取締役であった被告甲田及び被告乙山社の従業員から本件物件から追い出されたことにより、財産的損害及び精神的損害を被ったとして、被告乙山社に対して民法709条ないし同法715条、被告丙川に対して同法709条ないし会社法429条1項、被告戊田社に対して民法709条ないし会社法350条、被告甲田に対して民法709条ないし会社法429条1項に基づき、慰謝料を請求した事案。

賃料支払状況

原告は、被告乙山社に対し、平成22年9月末日までに同年10月分の賃料等98500円を支払わず、同月19日に同月分の賃料等の一部として68500円を支払い、同年11月26日に、残額の3万円を支払った。

原告は、被告乙山社に対し、平成22年11月分以降の賃料等を支払っていない。

被告甲田は、平成22年11月30日、原告に対して、本件契約を解除する旨の意思表示をした。

被告乙山社は、平成23年11月1日、本件物件を第三者に譲渡した。

大阪地方裁判所平成25年10月17日判決

建物賃借人が,賃貸人及び保証会社の従業員らにより,賃料不払を理由に賃貸物件から大阪地方裁判所判決強制退去させられたことを違法として求めた損害賠償が認容された事例

考察

借主が家賃を払わないからといって借主に無断で鍵を替えたり,暴言を吐いて追い出しを図るのは法治国家の元では許されません。
追い出しを図りたいときには当事務所までご連絡ください。
法的手続きに則って追い出します。

事案の概要

被告乙山社との間で本件物件の賃貸借契約を締結し,本件物件に居住していた原告が,本件契約に係る賃料の支払を遅滞したところ,原告の本件契約に基づく債務を保証した被告戊田社の当時の代表取締役であった被告甲田及び被告乙山社の従業員から本件物件から追い出されたことにより,財産的損害及び精神的損害を被ったとして,被告乙山社に対して民法709条ないし同法715条,被告丙川に対して同法709条ないし会社法429条1項,被告戊田社に対して民法709条ないし会社法350条,被告甲田に対して民法709条ないし会社法429条1項に基づき,慰謝料を請求した事案。

賃料支払状況

原告は,被告乙山社に対し,平成22年9月末日までに同年10月分の賃料等98500円を支払わず,同月19日に同月分の賃料等の一部として68500円を支払い,同年11月26日に,残額の3万円を支払った。

原告は,被告乙山社に対し,平成22年11月分以降の賃料等を支払っていない。
被告甲田は,平成22年11月30日,原告に対して,本件契約を解除する旨の意思表示をした。
被告乙山社は,平成23年11月1日,本件物件を第三者に譲渡した。

当裁判所の判断
 一 甲事件
 (1) 被告らの責任について
 ア 争点一(原告に対する追出し行為等の内容及び加害行為該当性)について
  (ア) 被告甲田及び乙野による暴言について
 被告甲田及び乙野が,平成二二年一〇月一九日以降,原告に対して,「一一月中に出て行け」,「必ず放り出します」,「金払え」,「荷物出して捨てるぞ」,「どこの組のもんや」,「そんなところに住むな」等,原告主張のような発言をしたことは当事者間に争いがない。また,被告甲田が原告に対し,「マンションの家賃を払わないことは飲食店に入ってお金を払わずに出て行くことだ。すなわち無銭飲食だ。」という発言をしたことは,被告甲田自身認めるところである。
  (イ) 被告甲田による本件鍵ロックの取付けについて
  a 被告甲田が,平成二二年一一月二九日に,本件物件の玄関ドアの鍵穴に本件鍵ロックを取り付けたことにつき当事者間に争いがない。
 もっとも,被告らは,本件鍵ロックは簡単に外れるものであったとして,原告を入居不可能にはしていないと主張し,被告甲田もこれに沿う供述をする。
 しかし,鍵ロックを取り付ける一番の目的は,賃料の滞納等をし,連絡のとれない賃借人を賃借物件に入れないようにすることによって,当該賃借人が連絡をとってくるようにすることにあるというのであるから,容易に取り外しができるような鍵ロックを取り付けることに合理的理由は認められない。この点,被告甲田は,原告に自主的に室内の荷物を搬出して出て行ってもらうために,容易に取り外しができる本件鍵ロックを取り付けた旨の供述もする。しかし,そのような目的で取り付けたのであれば,原告から本件鍵ロックを外してほしい旨の連絡があった際に,本件鍵ロックは取り外しができるから中に入って荷物を搬出して出て行くよう伝えるのが自然と思われるところ,被告甲田は原告に対してそのような助言を一切しておらず,かえって,本件鍵ロックを外してほしいとの原告の懇願に対し,開けられない旨の返事をしているのであるから,被告甲田の上記供述は自己の行動と矛盾しており信用できない。
 したがって,本件鍵ロックが容易に取り外しができるものであったとは認められず,本件鍵ロックによって,原告は本件物件内への立入りが不可能となったものと認められる。
  b 次に,原告が本件鍵ロックにより本件物件内に立入りができなかった期間について当事者間で争いがあるため,以下検討する。
  (a) 被告らは,原告は平成二二年一二月,遅くとも平成二三年二月下旬までには本件物件での居住を開始していたと主張するが,上記aのとおり,本件鍵ロックは容易に取り外しができるものとは認められず,被告らが,被告甲田が本件鍵ロックを外したと主張している同年三月一八日の数日前よりも前の時点で,原告が自ら本件鍵ロックを取り外して,本件物件内に立ち入り,本件物件での居住を再開したものとは認められない。この点,被告らは,関西電力及び水道局から平成二二年一二月に本件物件の電気及び水道の使用があったとの回答を得た旨主張するが,これにつき何ら客観的な証拠はない上,被告甲田は滞納者で連絡がつかない物件はメーターを控えるのを通常業務で行っていたというのであるから,平成二二年一二月や平成二三年二月の段階で原告の本件物件での居住を確認していたのであれば,その段階での電気,水道及びガスのメーターの記録をしているはずであるにもかかわらず,同年三月一八日以前のかかる記録は存しないことに照らせば,上記被告らの主張は採るを得ない。
  (b) 被告らは,被告甲田が本件鍵ロックを外した数日後である平成二三年三月一八日には,本件物件内の電気,水道及びガスのメーターが動いていたと主張し,被告甲田が同日以降の本件物件の各メーターの推移を記した業務日誌(以下「本件日誌」という。)を書証として提出する。
 《証拠略》によれば,被告甲田は,本件鍵ロックを外した数日後である同月一八日に本件物件に様子を見に行った際,水道や電気のメーターが動いているのを確認し,その数値を本件日誌に書き留めたこと,その後も本件物件を見に行った際にこれらメーターの数値を本件日誌に書き留めていたことがそれぞれ認められる。そして,本件日誌からは,本件物件において同月一八日以降,電気,水道及びガスのメーターの数値が増えており,これらが使用されていることがうかがわれると共に,その数値の推移には何ら不自然,不合理な点は見受けられない。このことに加え,原告は,本件鍵ロックがされた以降,毎日様子を見に本件物件の前まで行っていたことをもあわせ鑑みると,原告は遅くとも被告甲田が本件鍵ロックを外した数日後である同月一八日には本件物件での居住を開始していたと認めるのが相当である。
  (c) これに対して,原告は,本件物件での居住を開始したのは平成二三年四月五日であると主張するが,同日と断定できる根拠につき原告は何ら具体的な供述をしておらず,上記(b)で検討したところに照らし,かかる原告の主張は採用できない。
  (ウ) 平成二三年五月二七日の立入行為について
 被告甲田が,平成二三年五月二七日,本件物件の玄関ドアのチェーンを切り,本件物件内に立ち入ったこと,被告甲田と原告とで押し問答になったこと及び被告甲田が原告に対して「犯罪者」と言ったことにつき,当事者間に争いがない(もっとも,その目的については争いがあり,下記イにおいて検討する。)。
  (エ) 平成二三年六月七日の立入行為及び鍵の交換について
 被告らは,被告甲田らが平成二三年六月七日に本件物件の玄関ドアを開けて玄関内に入ったこと及び鍵の交換をしたことについては認めている。もっとも,被告らは,力ずくで原告を本件物件の外に引きずり出そうとしたことについては否認し,玄関で話し合いをしている途中で,原告が突然何かを叫びながら裸足で走り去ったにすぎず,被告甲田らは何ら違法な行為をしていないと主張し,被告甲田もこれに沿う供述をする。
 しかし,原告が何も持たずに本件物件から裸足で走って逃げて行ったのは,原告がそのような行動に出ざるを得ない状況にあったためにほかならず,かかる事実からは,被告らが主張するような話し合い等という穏やかな状況にあったとは考え難い。
 また,本件物件を訪れるにあたり,玄関の鍵の交換作業ができる被告乙山社の従業員が同行していることや,原告と被告甲田らがもみ合いをしている際に原告に無断で本件物件の鍵の交換作業が開始されていることからも,被告甲田らは,原告との話い合い等ではなく,原告を本件物件から強制的に退去させるという目的のために本件物件を訪れ,本件物件の玄関ドアを開けたと解するのが相当である。
 したがって,これに上記原告の行動もあわせ勘案すると,原告を退去させるという目的をもった被告甲田らが,原告を力ずくで本件物件の外に出そうとしたと解するのが自然であり,これに沿う原告の供述は信用できるから,原告の主張のとおり,被告甲田らが,原告の腕を引っ張る等,力ずくで原告を外に引きずり出そうとしたため,原告は身の危険を感じ,助けを求めるために裸足で逃げて行ったと認めるのが相当である。
  (オ) 小括
 以上のとおり,被告甲田及び被告乙山社の従業員らによって上記(ア)ないし(エ)の行為が行われたことが認められるところ,かかる暴言行為,本件鍵ロックの取付け,本件物件内への立入行為及び鍵の付替えが原告に対する加害行為に該当することは明らかである。
 イ 争点二(追出し行為等の違法性阻却事由)について
  (ア) 本件契約解除後の自力救済の可否について
  a 被告らは,平成二二年一一月三〇日の被告甲田による解除の意思表示によって,本件契約は解除されたため,平成二三年五月二七日及び同年六月七日の本件物件への立入行為等は,本件物件の正当な管理権の行使として違法性を欠くと主張する。
 しかし,たとい本件契約が解除されていたとしても,自力救済にあたるようなかかる行為は,原則として法の禁止するところであり,ただ,法律に定める手続によったのでは,権利に対する違法な侵害に対して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合において,その必要の限度を越えない範囲内でのみ例外的に許されるにすぎない(最高裁昭和三八年(オ)第一二三六号同四〇年一二月七日第三小法廷判決・民集一九巻九号二一〇一頁参照)ところ,本件では,そのような特別の事情は何ら認められないから,自力救済は許されず,平成二三年五月二七日及び同年六月七日の本件物件への立入行為等は本件契約の解除の効力の有無にかかわらず,違法な行為である。
  b なお,本件契約が平成二二年一一月三〇日に有効に解除されたものとは認められないことは,後記二(2)アのとおりである。
  (イ) 平成二三年五月二七日の立入行為は安否確認目的であったかについて
 被告らは,被告甲田が平成二三年五月二七日に本件物件を訪れたところ,玄関ドアの内側からチェーンがかかっているにもかかわらず,電気,水道及びガスのメーターが止まっていたことから,中で誰かが倒れている可能性があるため,安否確認のためにやむを得ず本件物件内に立ち入ったものであり,正当な業務行為として違法性を欠くと主張する。
 確かに,同日,本件物件には玄関ドアの内側からチェーンがかけられていた点につき当事者間で争いがなく,かつ,同年四月五日以降,電気及びガスが止まった旨原告も供述している。
 しかし,真に安否確認のために本件物件内に立ち入ったのであれば,いくら原告が「不法侵入だ」等と騒いだとしても,安否確認のために立ち入った旨を原告に告げ,立ち去れば足りるにもかかわらず,被告甲田は,本件物件内で原告を見つけると,その後,原告ともみ合いになり,原告に対して「犯罪者」等と罵り,自ら警察を呼んでいる。かかる被告甲田の行為は,安否確認のために本件物件内に立ち入った者の行為とはおよそ認められず,むしろ原告を不法占拠者として扱い,本件物件から退去させようという意思に基づくものであることが強く推認される。
 また,同年六月七日にも,被告甲田は,被告乙山社の従業員らとともに,本件物件を訪れ,上記ア(エ)で認めたとおり,原告を力ずくで本件物件から退去させようとし,さらには鍵の付替えをして原告の立入りを不可能にする等の行為をしている。かかる行為から,被告甲田が原告を本件物件から強制的に退去させる目的を有していたことは明らかであり,これに近接する同年五月二七日の立入行為も同様の目的で行われたものというべきである。
 以上より,被告甲田が安否確認で本件物件に立ち入ったとする被告らの主張には理由がなく,違法性は阻却されない。
 ウ 争点三(過失相殺)について
 原告は平成二二年一〇月分の賃料等を支払期日までに支払わなかったものであり,また,同年一一月分の賃料等を支払っておらず(前記前提事実(3)),かかる原告の賃料等の不払は,賃貸借契約に係る借主の最も基本的な義務を怠るものというほかないが,そうであるからといって,法的手続によることなく,原告に対して本件物件からの退去を迫る上記一連の違法な行為は何ら正当化されるものではなく,上記原告による賃料等の不払をもって過失相殺すべきものとはいえず,被告らの主張は採り得ない。
 エ 被告らの責任原因について
  (ア) 上記ア(ア)ないし(エ)の暴言,本件鍵ロックの取付け,本件物件内への立入行為,鍵の付替え等,法的手続によることなく,原告に本件物件からの退去を迫り,かつ,強制的に追い出すものであり,社会的相当性を欠き,原告の本件物件での居住権を侵害するものであって,不法行為に該当する(以下,上記各行為を合わせて「本件不法行為」という。)。
  (イ) 被告甲田の責任について
 本件不法行為を自ら行っている被告甲田は民法七〇九条に基づき原告に対する損害賠償責任を負う。
  (ウ) 被告戊田社について
 被告甲田は,本件不法行為を被告戊田社の職務として行っていたものであるから,被告甲田が本件不法行為当時に代表取締役を務めていた被告戊田社(前記前提事実(1)エ)は会社法三五〇条に基づき損害賠償責任を負う。
  (エ) 被告乙山社について
 原告への暴言行為を行った被告乙山社の従業員である乙野,平成二三年六月七日の本件物件内への立ち入り及び鍵の付替えを行った被告乙山社の従業員らは,その事業の執行としてそれぞれの不法行為を行っているため,被告乙山社は民法七一五条により損害賠償責任を負う。
 なお,本件不法行為には,被告乙山社の従業員が直接関わっていないものも含まれるが,原告が平成二二年一〇月及び同年一一月の賃料を滞納したことを受け,被告乙山社が被告甲田に対して原告を本件物件から退去させるよう依頼していること,被告乙山社は原告から本件鍵ロックの取付けによって立入りが不可能になった旨の申告を内容証明郵便で受けたにもかかわらず,被告甲田に対してかかる行為をやめさせなかったこと等から,被告乙山社は被告甲田が上記一連の本件不法行為を行うことにつき,包括的な承諾をしていたと認めるのが相当である。したがって,被告乙山社は,上記一連の本件不法行為につき,被告戊田社,被告甲田とともに共同不法行為責任を負う。
  (オ) 被告丙川について
  a 被告丙川が,本件不法行為の当時,被告乙山社の代表取締役であったことは当事者間に争いがない。そこで,被告丙川の会社法四二九条一項に基づく責任の有無を検討する。
  b 賃借人に対して賃貸借の目的たる物件を使用,収益させることが賃貸人の最も基本的な義務である以上,賃貸借を業とする会社においては,実力をもって賃借人の占有を排除するような業務執行については,特に慎重な法令遵守が求められ,賃貸借を業とする会社の代表取締役においては,この点について違法な業務執行が行われないよう会社内の業務執行態勢を整備すべき職務上の義務を負うものと解される。
 したがって,賃貸借を業とする被告乙山社の代表取締役である被告丙川は,上記のような業務執行の態勢を整備すべき義務を負っていたものである。
  c ところが,本件においては,上記認定のとおり,被告乙山社従業員らが暴言,立入り及び鍵の付替え等の違法行為を行っていること,被告乙山社から被告甲田に対して,賃料を滞納した原告を本件物件から退去させるよう依頼をしていること,さらには,本件に限らず賃料を滞納した賃借人については,被告乙山社から被告甲田に対して退去させるよう指示することもあること等からすると,被告乙山社においては,従業員ないし被告甲田に命じて,賃料を滞納した賃借人を物件から強制的に退去させることが常態化していたと認めるのが相当であり,上記のような慎重な法令遵守の要求に応えるだけの業務執行態勢が整備されていなかったことは明らかである。この点について,被告丙川には,代表取締役としての任務懈怠があり,かつ,この任務懈怠については,故意又は重大な過失があるというべきである。そして,この任務懈怠と下記(2)で認める原告の損害との間の相当因果関係も認めることができるため,被告丙川は,被告乙山社,被告戊田社及び被告甲田と連帯して,損害賠償責任を負う。
 (2) 争点四(損害の有無及び額)について
 ア 財産的損害
  (ア) 飲食代,銭湯代
 原告は,被告甲田による本件鍵ロックの取付けによって,本件物件での生活が出来ず,その間は,コーヒー一杯を注文してファミリーレストラン等で夜を過ごさざるを得なかった等として,飲食代二万五〇〇〇円を請求するとともに,本件物件内での入浴ができず毎晩銭湯に通ったとして銭湯代五万円を請求する。
 しかし,本件物件内での居住ができなかった期間について,原告が上記支出をしたことを具体的に立証する客観的な証拠はない。
 したがって,原告主張の飲食代及び銭湯代を財産的損害として認めることはできず,これらの事情は精神的損害についての考慮要素として勘案すべきものといえる。
  (イ) 逸失利益
 原告は,平成二二年一一月二九日から平成二三年一月頃までの間,家庭教師として生徒一人を担当していたこと,同月以降は無収入となったことが認められる。もっとも,原告が無収入となった原因は生徒の入学試験の受験が終わったためであって,本件鍵ロック取付けとの間の因果関係を認めることはできない。また,原告は,日中はオフィスビルのロビー等で過ごし,不自由はしたものの求職活動をしていた旨供述していることから,本件鍵ロック取付けによって求職活動ができなかったとまでいうこともできない。
 したがって,本件鍵ロックの取付けによって原告が収入を得る機会を奪われ,逸失利益が損害として生じたと認めることはできない。
 イ 精神的損害
 原告が被告甲田や被告乙山社の従業員らから複数回にわたり暴言を浴びせられたこと,実力で本件物件から追い出され,平成二二年一一月三〇日から平成二三年三月一七日までの間生活をする場所のない状態に陥ったことは前述のとおりである。また,原告は同年六月七日に本件物件より追い出された後は少なくとも同年一〇月三一日までの間,自立支援施設等での生活を強いられていたものである。したがって,原告は約八か月もの間,本件物件での居住を妨害されたものであり,これらによって原告は生活に多大な不便を強いられ,名誉感情を傷つけられたものと認められるところ,これらにより原告は多大な精神的苦痛を受けたものというべきであり,慰謝料額は八〇万円と認めるのが相当である。
 ウ 弁護士費用相当損害金
 上記損害額に照らし,本件不法行為と相当因果関係にある弁護士費用の損害は八万円と認めるのが相当である。
 二 乙事件
 (1) 争点五(被告乙山社の原告に対する平成二二年一一月分の賃料等の請求の可否)について
 ア 被告乙山社は,原告に対し,本件契約に基づき平成二二年一一月分の賃料等の支払を請求しているところ,原告は,同月分の賃料を支払っていないため(前記前提事実(3)イ),本件契約に基づき,同月分の賃料及び共益費を被告乙山社に対して支払う債務を負っている。
 賃料等には原告が本件委託契約に基づき被告戊田社に対して支払うべき委託料である事務手数料四五〇〇円も含まれているところ,被告乙山社は,事務手数料の集金を被告戊田社から委託されていたことをもって同手数料の請求の根拠として主張するが,そうであったとしても訴訟上同手数料の請求をできる債権者は被告戊田社というほかなく,この点に関する被告乙山社の主張は採り得ない。
 イ また,平成二二年一一月分の賃料及び共益費の請求権は前払特約にて同年一〇月末日に発生しているが,被告乙山社が故意に同年一一月三〇日の原告の利用を妨げた以上,同日分の賃料及び共益費の請求権は消滅したと解するのが相当である(また,このような場合,本件契約書の二条三項後段の「この契約が月の中途で終了したときには日割計算をしない。」の適用ないし類推適用もないと解すべきである。)。
 ウ 以上より,原告は被告乙山社に対し,本件契約に基づき,平成二二年一一月一日から同月二九日までに相当する以下の賃料及び共益費合計九万〇八六七円並びにこれに対する支払期日の翌日である同月一日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う債務を負うものと認めるのが相当である。
 (計算式)
 賃料八万二〇〇〇円+共益費一万二〇〇〇円=九万四〇〇〇円
 九万四〇〇〇円×二九÷三〇=九万〇八六七円(小数点以下四捨五入。以下同じ。)
 (2) 被告乙山社の原告に対する平成二二年一二月以降の賃料等ないし賃料相当損害金の請求の可否
 ア 争点六(本件契約は平成二二年一一月三〇日に解除されたか)について
 被告乙山社は,主位的に,平成二二年一一月三〇日に本件契約が解除されたとして,本件物件の明渡債務の履行遅滞に基づき,同年一二月一日から平成二三年一〇月三一日までの賃料及び共益費の合計額に相当する損害金の請求をするため,本件契約が平成二二年一一月三〇日に解除されていたかにつき検討する。
 被告乙山社は,本件契約一八条二項(前記前提事実(2)ア(オ))に準じ,無催告解除をした旨主張するが,本件は本件契約一八条二項が掲げる事由のいずれにも該当しないため,無催告解除の特約に基づく無催告解除にはあたらないところ,同日当時,原告が遅滞していた賃料等は同月分の一か月分にすぎなかった(前記前提事実(3))のであるから,これをもって本件契約における原告及び被告乙山社間の信頼関係が,本件契約の継続を困難ならしめる程度に破壊されていたと評価することはできず,無催告解除の原因足り得ない。その他,原告が同年一〇月分の支払の遅滞について連絡をしなかったことや同年一二月分の支払がなされる見込みがなかったこと等も信頼関係が破壊されていたことを基礎付ける事実として主張するが,これらを合わせて考慮しても,無催告解除の原因足り得る程度に信頼関係が破壊されていたとは評価できない。なお,被告らは原告が被告甲田及び被告乙山社従業員からの連絡に応じなかった旨も信頼関係が破壊されていることの理由として主張するが,原告は自ら賃料等の支払が遅れることについて連絡はしなかったものの,被告甲田及び被告乙山社従業員からの電話に対しては最低限応答しているのであるから,原告の対応は,賃料等の支払を遅滞している賃借人として誠実性に欠く面があったとしても,未だ上記の信頼関係を破壊する程度のものとはいえず,この点でも被告の主張は理由がない。
 したがって,被告乙山社が,被告甲田に対し,本件契約の解除の意思表示をするにつき代理権を与えていたか否かにかかわらず,本件契約が,平成二二年一一月三〇日に有効に解除されたとは認められないため,被告乙山社の主位的請求には理由がない。
 イ 争点七(被告乙山社の請求できる賃料等ないし賃料相当損害金の額)について
  (ア) 被告乙山社は,平成二二年一一月三〇日の本件契約の解除が認められない場合として,本件契約に基づき,同年一二月分から平成二三年一一月分の賃料等の支払を予備的に請求している。
  (イ) しかし,賃料等に含まれる,原告が被告戊田社に対して本件委託契約に基づき支払うべき委託料である事務手数料四五〇〇円について,被告乙山社が原告に対して訴訟上請求できる根拠がないことは,上記(1)アのとおりである。
  (ウ) また,平成二二年一一月三〇日以降,原告は本件鍵ロックの取付け等によって,本件物件を利用できない期間があったところ,賃貸借契約に基づく賃料は,賃貸借目的物の使用に対する対価であるため,賃貸人が賃借人に対して賃貸借目的物を使用させなかったような場合については,賃借人は,かかる使用不能期間につき賃料を支払う債務を負わないと解するのが相当であり,この理は,共益費についても同様である。
 そして,上記一(1)ア(イ)b及び(エ)のとおり,原告は平成二二年一一月三〇日から平成二三年三月一七日までの期間及び同年六月八日以降の期間につき,本件物件への立入りができず,本件物件で居住していなかったことが認められるから,被告乙山社の請求のうち,当該期間に対応する賃料及び共益費については理由がない。被告乙山社は,同年六月八日以降も原告は自己の所有物を本件物件内に残置することによって本件物件を使用していた旨主張するが,原告は本件物件を居住用に賃借したことは明らかであるし,上記原告の所有物の本件物件内への残置も被告甲田らによる鍵の付替えにより原告が本件物件内に立ち入ることができなくなったことによるものといえるから,これをもって本件物件を使用していたとすることはできない。
 なお,原告は,本件鍵ロックが取り外された後に入居していた期間についても,被告らから追い出されるのではないかという不安の中で生活をしていたのであるから,満足に使用したとはいえず,賃料及び共益費は発生しない旨主張するが,原告が本件物件を起臥寝食のために使用できていた以上,原告が本件物件を使用したことは揺るがず,原告の主張は理由がない。
  (エ) 以上より,原告は,本件契約に基づき,平成二三年三月一八日から同年六月七日までの期間に対応する以下の賃料及び共益費並びにそれらに対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う債務を負う。なお,平成二三年三月一八日から同月三一日分の賃料及び共益費に係る遅延損害金の始期については,原告は同月一日から同月一七日までの間,本件物件を使用できなかった以上,かかる場合についてまで,前記認定事実(2)ア(エ)の前払特約を適用するのは合理性に欠き,妥当でない。したがって,同月一八日から同月三一日分の賃料及び共益費の支払債務については,民法六一四条に基づき同年四月一日より遅滞に陥ると解するのが相当である。同年四月一日から同年六月七日までの賃料及び共益費については,原告は,それらに対する各支払期日(前月末日)の翌日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う債務を負う。
  a 平成二三年三月一八日から同月三一日
 九万四〇〇〇円×一四÷三一=四万二四五二円
  b 平成二三年四月一日から同年五月三一日
 九万四〇〇〇円×二=一八万八〇〇〇円
  c 平成二三年六月一日から同月七日
 九万四〇〇〇円×七÷三〇=二万一九三三円
  d aないしcの合計額
 二五万二三八五円
 三 以上によれば,原告の請求(甲事件)は,被告らに対し,連帯して,八八万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,被告乙山社の請求(乙事件)は,原告に対し,三四万三二五二円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので,これら各限度でそれぞれ認容し,原告及び被告乙山社のその余の請求には理由が無いのでいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担については民事訴訟法六五条一項本文,六四条本文,六一条を,仮執行宣言については同法二五九条一項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中健治 裁判官 尾河吉久 木村朱子)