10月14日の判決。ファウルボールには気をつけよう!

仙台高等裁判所平成23年10月14日判決

宮城球場でプロ野球を観戦中,ファウルボールに直撃されて負傷した控訴人が,球場の所有者である被控訴人宮城県に対して,国家賠償法2条1項に基づき,また同球場を管理,運営していた被控訴人㈱楽天野球団に対して,民法717条1項及び709条に基づき損害賠償を請求した事案の控訴審で,本件球場はプロ野球の球場に求められている社会通念上の安全性を備えており,採られている安全対策は,観客の安全に相応の注意を払うべき義務を履行していると認められ,不法行為上の注意義務に違反したとはいえないとした1審判決を相当として,控訴を棄却した事例

考察

スライスしたライナー性のファウルボールが内野席に飛来することは通常予測可能なので,ファウルボールが当たっても文句は言えません。

事案の概要

本件は,宮城球場(通称クリネックススタジアム宮城)の3塁側内野席でプロ野球の試合を観戦中,ファウルボールに直撃されて負傷した控訴人が,本件球場の所有者である被控訴人宮城県に対し,国家賠償法2条1項に基づき,同球場を管理,運営していた被控訴人楽天球団に対し,民法717条1項及び同709条に基づき,連帯して損害賠償金及び不法行為日を起算点とした遅延損害金の支払を求めた事案である。

裁判所の判断

プロ野球を球場にまで足を運んで観戦するのは,メディア等を通じてでは味わえない臨場感を求める面が大きいというべきところ,本件事故当時は,グラウンドの至近距離で選手らとほぼ同等の目線で観戦できる観客席が設けられた野球場が好評を博し,内野席のフェンス上のネット部分を取り外す野球場も出てきたり,内野席に関する視線障害の苦情が少なくなかったことなどに照らすと,プロ野球の観客の中には,ファウルボールが観客席に飛来する危険性があることを踏まえた上で,なおかつ,フェンスやネット等による視線障害を受けるよりは,臨場感のある観戦を望む者が少なからずいたことが窺われ,プロ野球の観戦にとって臨場感が本質的な要素であり,これが社会的に受容されていたものと認められる。

控訴人は,プロ野球観戦における臨場感確保の要請は法的な要請ではなく,観客の安全性に優先されるものではない旨主張するが,民法717条1項及び国家賠償法2条1項に定める「瑕疵」の有無は,当該施設の構造,用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合的に勘案して,個別具体的に決せられるものである以上,本件球場がプロ野球の球場であり,そのような場所として観客がどの程度の安全設備を備えることを求めているかや,どのような野球場が社会的に受容されているかということも当然考慮されるべきであり,「瑕疵」の判断にあたっては臨場感の確保の点が安全性の確保とともに,重要な判断要素の1つとなることは否定できない。

この点に関し,控訴人は,内野席フェンスの設置位置も問題とされるべきである旨主張するが,証拠及び弁論の全趣旨によれば,上記の内野席フェンスは,バックネット裏の観客席と外野席の間にある内野席全体に設置されていると認められ,その設置に不適切な点があるとは解されない。

次に,本件球場のバックネットの設置状況についてみると,証拠によれば,建築指針は,硬式野球場のバックネットの高さを10メートルから15メートルと規定しているところ,本件球場のバックネットの高さは中央部で14.2メートル,両端部で15.5メートルに設定されており,一塁側ダッグアウトのホームベース側の端から三塁側ダッグアウトのホームベース側の端までを覆う形状で設置されていることが認められる。

そして,証拠によれば,本件球場と同様にプロ野球の球団の本拠地として使用されているナゴヤドームのバックネットの高さが14.2メートルに設定されていると認められることによれば,本件球場のバックネットの高さが一般的な硬式野球場やプロ野球の球場として不足しているとはいえない。また,その幅も,建築指針では25メートルから35メートルとされているところ,本件球場では,前記認定のように設定されて間口直線寸法で52メートル(上部)となっており,特に不足しているとはいえない。

以上によれば,本件球場のバックネットの設置に不適切な点は認められない。

これに対し,控訴人は,本件事故の原因となったファウルボールについては警笛やアナウンスがされておらず,これらの措置は,本件事故の防止策として意味をなしていない旨主張するが,仮に本件事故の原因となったファウルボールがライナー性のものであったために,控訴人が前記各措置によりその飛来を具体的に認識できなかったとしても,上記各措置は,試合前や試合中に随時実施されていて,これにより観客は,座席にファウルボールが飛来する可能性があり,打球の行方に注意をする必要があることについて随時注意喚起を受け,自らの座席の危険の程度や必要な注意喚起の程度を認識,自覚して,具体的な危険をもより早く察知しうることになるのであるから,これらの各措置は控訴人に対する関係でも本件球場における安全対策を補う一般的措置として有用で合理的な措置であったというべきである。

内野席フェンスの高さを上げる等の措置を講じることは,プロ野球観戦の本質的要素である臨場感の確保との関係で困難な面があるといわざるを得ない。

なお,控訴人は,ライナー性でスライスして観客席に飛来したファウルボールが右目を直撃したと陳述し,前記認定の本件事故に至るまでの控訴人の動静や負傷の程度に照らすと,本件事故の原因となったファウルボールはライナー性で容易に避けがたいものであった可能性も否定できないが,控訴人が投球動作から打撃を経た打球を十分に注視していても本件事故のような重大な結果の発生を防げなかったとまではいえない。

また,控訴人指摘のように本件球場において危険性の高いライナー性のファウルボールが観客席に飛来する可能性は否めないものの,これを完全に防止する方策を講じることまで,通常備えているべき安全性として求められているとはいえない。

しかし,控訴人主張に係る計算や分析をした場合にどのような安全対策の必要性が裏付けられるかについては具体的主張がなく,上記計算や分析をしなかったこと自体をもって「瑕疵」や安全配慮義務違反に当たるとはいえない。

また,結果として現に設置されている内野席フェンス等に「瑕疵」又は安全配慮義務違反が認められないことは前記のとおりである。

控訴人も,本件ファウルボールのように,左打者によるスライスしたライナー性のファウルボールが3塁側内野席に飛来することは通常予測可能であると主張する。

被控訴人球団が控訴人を含む観客に対し,イン・プレー中に飲食物を販売しないなどの法的義務を負うとは解されない。

控訴人は,本件事故が不可避なものであった以上,本件については過失相殺により公平な損害の分担を図ることが相当であるとも主張するが,本件球場が通常備えているべき安全性を欠いているとはいえず,被控訴人球団に安全配慮義務違反が認められない以上,控訴人の主張は採用しえない。

よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却する。