桐生貴央の法律解説ブログ - 広尾総合法律事務所

張家口旧帝国陸軍病院

11月17日から20日まで中国に行って来た。

目的は張家口にあった旧陸軍病院を訪ねることにある。

この病院で父方の伯父が昭和17年,24歳で亡くなった。今から70年前のことである。

当時父は3歳,記憶の中に伯父の面影はないが,一人かの地で亡くなった伯父の御霊を慰めに行きたいとのことでだった。

今年74歳になる父の健康状態からすれば,これが最後のチャンスともいえるので,私は同行することにした。

といっても,当初,伯父がどこで亡くなったか,全く手がかりがなかった。

しかし,除籍謄本を調べたところ,張家口陸軍病院で死亡したとの記載があった。

そこで,張家口旧陸軍病院が張家口のどこにあるか調べることになったが,googleで検索しても,陸軍病院の地図らしいものはどこにも見つからなかった。

次に,防衛省に電話をかけたところ,防衛省は戦後にできた機関なので旧陸軍のことは分からないと言われてしまった。

しかし,防衛資料室に旧陸軍に関する資料があるかもしれないと教えてもらい,同資料室に架電し,前記の趣旨を話したところ,資料を調べてみるので時間を欲しいと言われた。

1時間ほどすると,資料室から電話があり,張家口陸軍病院がどこにあったかは分からないが張家口の市内を描いた地図があると教えてもらった。

早速,私は資料室を訪れ,地図を見せてもらうことにした。

その地図は「殿軍 響兵団の対ソ戦記」という本に添付されている地図だった。作者はそのとき確認しなかったが,後日ネットで確認すると「高木俊朗」氏だった。


この地図を手がかりに,中国に飛んだのであるが,道中では驚くほど,スムーズに事が運んだ。

私たちは北京から高速で張家口に入った。ご多分に漏れず,張家口も開発ラッシュで,高層ビル群が多数乱立しており,旧市街の様子は全くなかった。

しかし,地図に記載のある河(清水河)の流れは変わらず,また,河に架かる橋の位置を手がかりに車を走らせると,地図にある陸軍病院の位置近くに病院があった。

そこにいる人に,昔このあたりに日本軍の病院があったらしいが知らないかと尋ねると,彼は以前この場所に日本軍の病院があったと言った。

現在,昔の面影はなく,また,地図の道路位置と現在の道路位置はずれていたのであるが,話によると,道幅が広くなったので,かつての位置と違っているとのことだった。

事の真偽は明らかではないが,少なくとも,伯父が吸っていた空気と同じ張家口の空気を吸っていることに違いはないし,かの地の人がこの場所に旧日本軍の病院があったと言っている以上,否定する根拠もないので,彼の言うことを信じることにした。

このようにして,我々は70年前に亡くなった伯父の跡を訪ねることができたのであるが, 旧陸軍病院の地図の入手,現場での病院の位置探索,どれもこれも実にスムーズに事が運んだ。

それはまるで伯父が道案内をしてくれているようだった。

天候も前日の雨が晴れ上がり,空は真っ青に澄み渡り,肌に突き刺す大陸の乾いた空気の中で,伯父が生活していたこと,父親に残された時間に思いをはせると,まさに感涙にむせぶ旅だった。

追伸,資料調査にご協力いただいた防衛省資料室の方,その他旅行会社を初めとする関係各位には心より感謝申し上げます。

なお,「殿軍 響兵団の対ソ戦記」については読んでおりませんが,響兵団については,下記のブログに記載がありましたので,ご紹介させていただきます。

blog.goo.ne.jp/misky730/e/813ef9fa8717358b3e2791b158a55a16


広尾総合法律事務所 | 2011.11.22 | PermaLink
2012年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29      

カテゴリー

最近の記事

月別アーカイブ

その他

Takao Kiryu

バナーを作成

広尾総合法律事務所
TEL03-5918-7173
住所東京都港区南麻布5-10-24 第二佐野ビル601
地図詳細の地図を見る
受付時間10:00~18:00
定休日土曜,日曜,祝日
詳細情報クリックして詳細情報を確認する(街ネタ)