9月3日の判決 認知症等の養親が行った養子縁組が無効と確認された事例

名古屋家庭裁判所平成22年9月3日判決

事案の概要

本件は,原告が,梅(大正12年生)に養子縁組の意思はないと主張して,梅と被告(昭和59年生)の養子縁組の無効確認を求めた事案。

考察

相続分を大目に取りたいための養子縁組は後々の争いの種。無理に縁組みをすると裁判所で覆されるので,遺言書と同様,他の推定相続人に黙って抜け駆けしない方がよろしいかと思います。

前提事実

被告は,桜子と次郎(「丙川夫婦」)の間の二女であり,桜子は,梅と太郎(「太郎梅夫婦」)の間の長女である。つまり,被告は梅の孫。

梅は,平成19年6月18日,認知症,糖尿病,神経因性膀胱と診断された。

平成19年11月19日,愛知県海部郡甚目寺町長に対し,梅を養親,被告を養子とする本件縁組の届出がされた。

梅は,平成21年3月17日,当庁において,成年後見開始審判を受け,成年後見人に原告が選任された。

争点(本件養子縁組は有効か否か)
前提事実

太郎梅夫婦は,二人で暮らしていたが,平成15年ころから,高齢のため体力が衰えたため,それまで一緒に食事や買い物に近くなど交流の機会の多かった丙川夫婦及び被告が,太郎梅夫婦宅を訪れて身の回りの世話をする機会が増えた。また,乙野三郎夫婦もたびたび太郎梅夫婦宅を訪れて身の回りの世話をしていた。

梅は,平成16年ころから,丙川夫婦及び被告に対しては,「花ちゃんが一生懸命わしのことをやってくれるし,これからも花ちゃんにやって欲しい。花ちゃんがおれば誰もおってもらわんでいい。」などと述べて被告との養子縁組を望む発言をするようになった。

他方,梅は,乙野三郎の妻桃子に対しては,「わしの面倒はお前が見てくれ。」などと言った。

また,梅は,丁木四郎に対しては,「桜子が花子を養女にして欲しいと言ってきている。子どもが多くてお前を養子に出したのに,花子を養女なんかする気はない。」などと言った。

梅は,平成18年8月ころ,白内障の手術を受け,また,このころ糖尿病に罹患していることも判明し,平成18年12月ころからデイサービスを,平成19年1月ころからショートステイを利用するようになった。

このころから,桜子と被告は,以前に増して太郎梅夫婦の身の回りの世話を行うようになり,夜遅く帰宅することが日常的であった。

梅は,平成19年1月19日,高血糖性昏睡のため緊急搬送され,稲沢市民病院に入院し,数日後に意識を回復した。

梅は,糖尿病,認知症,嚥下障害と診断されたほか,入院中の自立度については,視力が「やや見えにくい」,聴力が「大声なら聞こえる」,言語が「何とか通じる(発語あるが,会話困難)」,歩行,食事,更衣,入浴,洗面,排泄が「全面的に介助が必要」という状態であった。

梅は,平成19年6月18日,家族が介護困難を理由に施設療養を希望したため,津島中央病院に転院した。

梅は,津島中央病院において,認知症,糖尿病,神経因性膀胱と診断された。また,梅の症状として,寝たきり,胃瘻からの経腸栄養,運動麻痺はないものの失語(開眼で表情あるも問いかけに何ら反応なし,又は呼名に「はー」がせいぜいの応え,意味不明の奇声)が認められ,梅の担当医は,梅との間で挨拶を含めて何らかのコミュニケーションをとれたとの記憶はないと述べている。さらに,梅は,平成19年11月6日に,持続する激しい体動のためベッドに抑制されたほか,膀胱バルーンカテーテル,胃瘻カテーテルを繰り返し自己抜去していた。

太郎は,平成19年4月ころ,桜子に対し,梅の希望どおりに花子を養女にすることにしたと話し,桜子が次郎にその旨伝えた。

同年11月ころ,次郎が本件養子縁組を承諾し,被告も上記養子縁組を承諾したため,太郎,次郎,桜子及び被告において,本件養子縁組を行うこととなった。

太郎,次郎,桜子及び被告は,平成19年11月16日ないし17日ころ,太郎宅に集まった。そして,被告は,養子縁組届用紙の「養子になる人」欄の所定事項に記入して同欄の署名押印をし,太郎は,同用紙の「養親になる人」欄の所定事項に記入して同欄の署名押印欄に梅名義の署名押印をし,次郎及び桜子は,同用紙の「証人」欄にそれぞれ自署押印した。

同月19日,太郎,桜子及び被告は,甚目寺町役場に赴き,本件縁組届を提出した。

裁判所の判断

確かに,被告や丙川夫婦による梅の世話等の事実からみれば,梅が被告や桜子家族に対する感謝の念から,被告や桜子家族に対し,被告との養子縁組を希望する発言をしたことがあったことは認められる。

しかしながら,他方で,梅は,乙野三郎の妻桃子に対しては,自分の面倒を乙野三郎の妻桃子に依頼する発言をし,丁木四郎に対しては,被告との養子縁組に否定的な発言をしていたものである。

かかる梅の行動や,同人の当時の年齢・心身状態からすると,同人の弁識力・判断力等にかなりの衰えがあったと認められ,その場の状況次第では,真意の如何とは別に,たやすく身近な人の意向に沿う発言をするような精神状態にあったと推認できる。

また,梅が稲沢市民病院に入院した後においては,被告や丙川夫婦は,太郎を通じて梅の縁組意思を確認するのみであったというのであり,実際に太郎が梅の縁組意思を確認した事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

したがって,梅が被告との養子縁組を希望する発言をしたからといって,真に被告との養子縁組の意思があったと言うことはできない。

のみならず,上記認定事実に照らせば,梅は,自ら本件縁組届に自署押印しておらず,太郎が本件縁組届の「養親になる人」欄の所定事項及び梅の署名押印を行ったにすぎず,梅が,本件養子縁組に当たって,太郎に本件縁組届の署名押印の代行を依頼した事実や,本件養子縁組を追認した事実を認めるに足りる客観的な証拠はない。

しかも,梅は,本件養子縁組の約10か月前の平成19年1月19日に高血糖性昏睡に陥って稲沢市民病院に入院し,同年6月18日に津島中央病院に転院しているところ,認知症等と診断され,寝たきりのため全面的に介助が必要な状況にあり,医師等の問いかけに反応せず,呼名に「はー」と応えるのみで,意味不明の奇声を発し,意思疎通が可能な状況ではなかったのであるから,本件養子縁組を行うに足りる意思能力があったとは認め難い。

これに対し,被告は,上記第2の3被告の主張欄(4)のとおり,梅に意思能力がなかったとまではいえない旨主張し,証拠(乙18,19,証人桜子,被告本人)中に上記主張に沿う部分もある。

しかしながら,被告の主張及びこれに沿う証拠(乙18,19,証人桜子,被告本人)は,信用性の高い稲沢市民病院及び津島中央病院の調査嘱託に対する回答によって認められる梅の病状と整合せず,にわかに信用することができない。

その他,本件養子縁組当時に,梅が養子縁組をするに足りる意思能力があったことを認めるに足りる証拠はなく,この点に関する被告の主張は採用できない。

以上のとおり,本件養子縁組は,梅の縁組意思を欠く無効なものといわざるを得ない。